#2
1 親愛なるカフェテリア
五月の空は
(いいよ、百歩譲ってカラオケつくるのは認める。……けど、顔合わせくらい
帰りのHRでは仏頂面で頬杖を突き、掃除中は教室の隅を延々と掃き続け、とうとう浮かない顔のまま放課後を迎えた。
「行きたくねぇ……」
そもそも。
自己紹介というのが嫌いだ。
あのアウェイ感というか、誰こいつ、みたいな視線が
「あーやだやだ。本当やだ」
とはいえ。
いつまでもクラスルームに残っていても仕方ない訳で、灯里はぶつぶつ言いながらも重い腰を上げて廊下に出た。行くか行かないかは足任せである。
廊下はさっぱりしたものだった。
掃除当番以外の生徒は、もう下校か部活かしているのだろう。
(――部活、かぁ……)
灯里は昼休みの記憶を脳内で
歌っているときは楽しかった。
けれど、なりたい自分になる為にはどうしたって自己紹介は避けて通れない訳で。
――結局、
・
三号館は中等部の学生も高等部の学生も利用しやすい立地にあったから、こと人気のカフェには学生が入り乱れる。灯里がぽつんと一人で佇んでいても目立たないのだ。
午後三時半。
傾きはじめた陽でカフェテリアは黄色く染まっていた。整然と並び連なる長机に、点々と学生の姿がある。座席の数は数えたことがないが、埋め尽くされているのを見たことがない。それほど多い。
奥にはちょっとした売店もあって、今は格子のシャッターが降りているが、昼時は格安の惣菜を求める学生で溢れかえった。その
・
ひとまず。
(もう……帰っちゃおうかな)
そもそも放ったらかしにした
けれど入部を取りやめにしたい訳ではない。
凛子の話には少なからず魅かれるものがあった。日頃灯里が
それに何より、
(……と、友達が――)
増える気がしたのだ。いや、気がするどころではない。それはもうその通りで、望もうが望むまいが入部すれば自動的にカラオケ部の部員たちが灯里の知り合いとして上書きされるのだ。お得なバリューセットである。
そんなの、灯里の高校生活が華やがない訳がない。
だから入部は止めない。けれど、自己紹介は厭。
(よし、決めた)
帰ろう。ぜんぶ凛子のせいだ。入部は明日から。今日は帰ってカラオケに行こう。
机に突っ伏した灯里が頭の中で話をまとめた、その時だった。
・
「もしもし」
とんとん、と背中を二度
「――っう、わぁっ!?」
あまりに突然で泡を食った。
「あっはっは、お姉ちゃん、驚きすぎー」
そこにいたのは紺のセーラー服に身を包んだあどけない顔の女の子――妹の
光里は二歳下の中学三年生で、灯里と同じく
だからまぁ、こうして交わることはあるのだ。稀だけれど。
実の姉と
「なんだ、光里か。……え、なに? なんか用?」
「用ないよ。ちょっと見掛けたから声掛けただけ。誰かと待ち合わせ中? 今日も友達と放課後デートするんでしょ?」
友達と放課後デート。なんて甘美な響きなの……。でも妹よ、それは嘘だ。
光里は、灯里の嘘――というか、<見栄>を純粋に信じている。灯里も良い姉でいたい、という思いからどんどん見栄を張った。そしてこの日も、
「お姉ちゃん今日から部活することにしたんだ。ど――――――――…………っしても私の力が必要だって言うからさ。せがまれて仕方なくな」
嘘は言っていない。
そしてこの反応だ。
姉が部活を始めると聞いて光里は大喜びしたが、
「なんて部活!? どんなことするの!?」
――そういう風に食いつかれるとは思いもしなかった。
その様子は一種焦りさえ含んでいるように見える。この子は何にそこまで駆り立てられているのだろう。
「いや、私もまだ詳しくは聞いてないんだって」
そんな風なやりとりを何度か繰り返して、光里はようやく尋問まがいの質問を止めた。
光里は光里で自分の部活の時間が迫っているそうだ。口惜しそうに姉に別れを告げると、しぶしぶ
その後ろ姿を、灯里はじっと見つめる。
中等部から高等部へは受験なしで進学できる。
距離が近づけば、やがて嘘も通じなくなる。
(放課後デート……とは言わないまでも――)
部活くらい。
延いては、自己紹介くらい。
「…………やっぱ行くか」
灯里はメランコリーに沈み込んだ身体を、無理やりに奮い立たせた。
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