3 クラブ勧誘の真相(1/3)

「――ところで」


 店を出てランチまでの時間繋ぎにもなく館内をぶらつく最中さなか灯里あかりはそんなふうに話を切り出した。


「今日の用事ってなんだったの? 遊びに誘ってくるなんて何年ぶりじゃんね」


 灯里は薄々、こう思い始めている。

 呼び出された理由――『ドレスの下見』というのは、ただの口実だったんじゃないだろうか。


 さっきの店で、凛子はけっきょくドレスを買わなかった。『尋いた私が馬鹿だったわ』と言われたきり、その後灯里はドレスについてまったく意見を求められなかった。

 まぁ灯里はこんな身なりであるし、それも仕方ないとは思う。

 でも、だからこそ目的が不明になった。


 凛子りんこの返事はおざなりなものだった。


「別に。そろそろガス欠を起こす頃かと思って」


 友人はあゆみを緩めるでも振り返るでもなく、灯里の二歩先をこつこつとパンプスを鳴らして歩く。


「わかんない。私が何に対してガス欠するの?」


「もちろんカラオケ部の活動よ」


 そう言ってようやく凛子は歩みを止め、灯里を振り返る。


「あなたの事だから、どうせすぐ投げ出すかと思ったのよ。これでも気に掛けてるの。勧誘したのは私だしね。――ああ、カラオケ部にいればこういうドレスを着る機会もあるんだ――そう思えば少しはやる気を取り戻せるでしょう。……まぁあなたがやる気をくしていたかどうかは不明だけれど」


 最後はあごに指を当て、少し考えるふうな仕草を見せた。

 ああそういうこと、と灯里は納得しかけて、けれどまたすぐ疑問が湧いた。それでは辻褄つじつまが合わない。


「あ? 遊びに誘ってきたのは先週の日曜じゃんね。おかしくない? 私あの日はまだカラオケ部に入ってなかったし……順序が前後してない?」


 灯里が尋くと凛子はくすりと笑い、幼児をあやすような甘やかな声で言った。


「なんでだろうねぇ。いつか分かるといいねぇ」


 その端正たんせいな小顔に浮かべたのは、いつだかと同じ悪魔みたいな微笑み。ああなんか裏があんな、と直感した。それでも面倒なので掘り下げない。掘り下げないし、彼女もたぶん今は言うつもりはないだろう。


 でも、


(気にかけてくれたんだ)


 数年ぶりにプライベートを共にする理由としては、それで申し分無い。



 その夜、凛子りんこから一通のメッセージが届いた。

 風呂から上がって髪をわしゃわしゃ拭きながらその文章を読んで、灯里あかりは内心身構えた。


『もしディレクターになる気があるのなら、明日ここ一番で頑張んなさい。優柔不断な灯里のために、とっておきのチャンスを用意したわ』


 昼間はゆっくり考えろとか言ったくせに。


「向上心、か……」


 そういう単純な話で済ませてしまっていいのだろうか。灯里は髪を熱風でそよがせながら、この一週間の出来事を振り返った。

 奈々千ななちの笑顔やグミの甘えた声、梅田兄妹の喧嘩。

 そういう思い出は灯里にとって、掛替えのない記憶として保管されている。

 そこに凛子の姿はない。ディレクター候補である彼女はORCA/noteオルカ・ノートに入り浸っている。


 つまり。


 灯里がディレクターを目指すのなら、きっと灯里も凛子と同じように、何かを手放すことになるのだろう。


 何もかもは手に入らない。

 ――ORCA/noteオルカ・ノートで活躍する未来。

 ――コラボ室で気心の知れた仲間に囲まれた未来。

 灯里は明日、そのいずれかを選ばなければならない。


(私の欲しがったって……どっちだろう)


 ――ふと、鏡の向こうで髪を乾かす自分の顔に意識が向いた。

 ひどく険しい顔で灯里を見返している。


「なんだよ」


 むろん鏡から言葉が返ってくるはずもなく、灯里はドライヤーを放っぽり出し、逃げるように洗面所を後にした。

 部屋に戻るまでの間――バイオリンの基礎練をする間――そして布団に潜り込んでからも、灯里はその表情が頭から離れなかった。


 そうして漫然まんぜんと心にかすみを広げながら、やがて取り留めもない妄想が始まり……、灯里は知らぬ間に眠りにいた。

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