6 クラブ勧誘の真相(2/3)

 ――それは、

 予言というには小細工が過ぎた。


 一時間ほど前、ORCA/noteオルカ・ノート本社で灯里あかりの顔写真入りの入館証を手にした凛子りんこは、灯里を驚かせようと一人黙って学園に引き返した。

 靴箱にカードを仕込む凛子の姿がありありと浮かぶ。微笑ましい。

 灯里がブドウ君からクレームの一報を受けたのは、ちょうどその頃だろう。


「本当はクレーム処理を終わらせたご褒美のつもりだったのだけど……」


 凛子はそう言って不満げに唇を尖らせた。


「コラボ室に行ってみたら、廊下の前で鉢合わせるじゃない。あなたは逃げるじゃない」


「別に私も逃げる必要はなかったんだけどさ。追ってくるから……」


「私も追う必要無かったんだけどね。あのカードを見つけたら、どうせ戻ってくると思ったし。でも灯里が逃げるから」


 昇降口からコラボ室へ戻るすがら、二人は種明かしともいえない種明かしに笑い合った。

 あの時、灯里は今自分がどこを走っているのかまったく不明であったけれど、凛子が言うに螺旋階段は新館にあるのだそうだ。随分走ったつもりでいたが、つまり灯里はぐるぐると同じ館内を回っていただけのようである。


「そういえばさ、もう一つ教えて欲しいんだけど――なんで私が一人カラオケでクレーム送ってるって知ってたの?」


 それはさっき後回しにされた話だった。



「知ってるわよ、そんなの。本気で隠したかったのなら、カラオケ店を変えるべきだったわね。足しげく同じ店に通っちゃって――に恋でもしたのかしら」


 それを聞いてすぐ、あ、と灯里あかりは小さく声を上げる。静かな校舎にはそんな声もよく響いた。


(そっか……そう言えばあの店、梅田が働いてたんだっけ……)


 ――なんという刺客が潜んでいるのだろう。世間は狭い。


 凛子りんこは続ける。


「もう新学期が始まって二ヶ月経つっていうのに、クラスメイトの――それも自分の目の前の席に座る男の顔も覚えていないんだもの。完全にあなたの過失よ。もちろん梅田くんの方は灯里のことを知っていた。

 五月──私がディレクターになってすぐの事だったわね。『後ろの席の女子が俺のバイト先に毎日のように来るんですよ』って、梅田くん笑っていたわ。それも、いつも一人で来るって言うじゃない。――当然、気になるわよね。気になったの。だから、事細かに聞いたわ。あなたがをね」


「気に……なるか?」


「それは、ね。大事な友達が殿方に身体を売ってるのだとしたら見過ごせないもの。淫売」


「あぁ……まぁ、そういうことも、あるのか、人によっては、淫売」


 なんとなく恥ずかしくなって、灯里は歯切れ悪く返事した。


「まあ違ったようだけれど。それはともかくとして――調べてみたら、なんと私の友達はカラオケボックスにこもって、ディレクターの真似事をしているじゃない。運命とでも言うのかしら。これは、と思ったわ。これはディレクターに推すしかない、ってね」


「それなんだけどさ。来店日時、っていうの? それを知ったところで私が中で何をしてたかなんてバレるものか? バレないだろ、どう考えても。神通力でも持ってる訳? それでカラオケルームの中の様子がうかがい知れた? お前は神様なの?」


「私は神様でもなければ神通力も持っていないし。――ただのディレクター見習いで、ついでに言えばORCA/noteオルカ・ノートに出入りする数少ない可憐な女子高生」


 そこで凛子は一度言葉を止め、灯里を向いてはにかんだ。


 灯里は凛子が何を言わんとしているのかいまいちピンとこず、ただ「数少ない」という言葉が「可憐な女子高生」に掛かっているのか「ORCA/noteに出入りする女子高生」に掛かっているのか、などと仕様もない事を考えていた。

 名古屋にだって美人は巨万ごまんといる。数少ないのが可憐な女子高生だと言うのなら、大層な自惚うぬぼれである。


「だからあなたは馬鹿なのよ。あのねえ、灯里――毎日よ? クレームが。ORCA/noteオルカ・ノートの中の人たちがうんざりしていないとでも思って? それはそれは噂で持ちきりよ。『また、オリーブだ』って。まるで地獄から沙汰が届いたような面持ちで言うのね」


 ――オリーブ。

 それは灯里がクレームを送りつける際に好んで用いたユーザーネームである。


「う、うそでしょ」


 ここへ来て出てくるか。

 灯里の分身ぶんしんが、灯里のあずかり知らないところでとんでもない事になっているようである。


「とてつもない量のクレームを送っていたらしいじゃない。部署一丸となって落ち込んでいたわよ。それでね、そのクレームの中には私たちカラオケ部が作った音源宛のものも含まれていて――内容を読ませてもらったのだけれど、これがまぁ……、なんというか。どれも的を射ているのよ――困った事に。だからこそ、本社の人たちはえらい慌て様で……」


 凛子は何故かそこでひと笑いした。


「――話を戻すわね。クレームには送信日時が記載されていたわ。さて私は、この日時と何を照らし合わせたでしょう?」


 それで灯里はようやく合点がいった。


「……梅田の話か。――私がカラオケに通ってた時間帯」


「ご名答。まあクレームの送信日時を見たときから、もしやと思っていたんだけどね。どう考えてもあなたの時間割と一致するから。それにオリーブって名前じゃない。織部おりべの当て字よね。ほんと発想が酷い。まぁだから梅田くんに『来店日時』をいたのは、単に裏付けが欲しかったっていうだけ。どの道私の中で確信めいたものはあったし、あまり彼を責めないで頂戴ね。彼はああ見えて優秀な、」



 ――下僕なの、



 と凛子は冷笑とも嘲笑ともつかない笑みをたたえて言った。

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