4 その女子高生のひとり趣味(4/4)

 ふと湧いた疑問に答えを見出す暇もなかった。


 胸に置いていたスマホが、ふいに震えた。

 二回刻みの短い振動。電話の振動パターン。

 母か妹か、灯里あかりの着信履歴はほとんど二人で埋まっている。稀にそこに友達の名前も混じるのだけれど、今回はそのレアなケースに当たったらしい。


『あ・な・た・ねぇ……一体どこにいるのよ!!?』


 いきなり怒声を浴びる。


「な、なにが!? ……あぁ! ってか、え? 約束してたのって今日だっけ?」


 灯里の問いに電話の相手は深いため息を返したから、恐らくそうなんだろう。うっかり一人カラオケに来てしまったけど、どうやら彼女と遊ぶ約束をしていたのは今日らしい。


『まぁ……予定とか、約束とか、灯里には無縁のことだろうから、こうなることは予想してたけど』


「つら……。ていうか、なんか私が一方的に責められてるけどさ――、でもお前も悪くねえ? 遊ぶ約束とか何年ぶりじゃんね。散々放置しといていきなりこんなじゃ、私も調子狂うっていうか――」


『狂うのは私の予定のほうよ! もういいけど……。約束は丸っと一週間後にズラしてあげるから、電話を切ったらすぐに予定帳を開いて大きな目印を入れておくのよ。きっとどのページも真っ白でしょうからく目立つわね、あはっ』


「はいはい」


 気の抜けた声で返事をしてから、じゃぁね、と電話を切った。


 ——こいつが灯里の、ただ一人の友達。

 小学生の頃からかれこれ十年来の付き合いだけれど、中学に入ってからの彼女はいつだって忙しそうで、灯里などは二の次だった。

 昔はあんなに仲良しだったのに――と愚痴ったのも今や懐かしい過去。


 そんな扱いが四年も続けば、さすがの灯里も趣味くらい見つける。



 灯里あかりは横になったまま、ソファのわきに置いていた鞄から手帳を引っ張り出した。

 開き癖すらないスケジュール帳は当然のようにまっ白。新品同様。完全に持て余しているこの手帳――そこだけ埋めるのものも何だかこっ恥ずかしくて、来週の日曜日の枠には指先で透明のチェックを入れておいた。


「予定あり」


 ふふ、と無意識に溢れた小さな笑みに、灯里は自分で驚いた。


 ――いや。

 驚くこともないのか。


 灯里はソファに横になったまま、スマホと一緒に手帳も胸に抱く。


(私が心の奥底で求めていたもの――多分、これだ)


 灯里は今の生活も悪くないと思っている。それは嘘偽りのない灯里の本音だ。

 けれど灯里の本能が不服を申し立ててきている。それも事実だ。分かる。正直に言えば気付いていた。だからこそ受付の男の言葉に引っ掛かりを覚えたのだ。


 灯里だって本当は、みんなと来たい。


 ワイワイしたい。

 友達に囲まれて充実した毎日。

 頼れる先輩がいて、かわいい後輩もいる輝かしい高校生活――



 手帳を抱く腕に、力が入る。


「私だって憧れるぞ、本能」


 灯里が欲しいのは、その先にあるはずの――豊かリッチな気持ち。した自分。


 灯里は跳ねるようにしてソファから飛び起きた。

 ――体が、軽い。



「私、変わろう! 今日――いや、明日から!」

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