#3
1 クリエイターとディレクター
「おいで、
「え? ……あぁ、はい」
灯里には異常な行動に思えたのだけれど、女子ってそういうものなのだろうか。灯里には判らない。
そしてそんなシーンはばっちりグミに目撃されていて、グミは心底悔しそうに、ずるい! と叫んだ。
「そんなの、私だって灯里先輩と手を繋ぎたいですし! カップル繋ぎまでしちゃって、ラブラブですか!」
「カップルじゃなくて、姉妹なんだよ。私たち」
奈々千は冗談めかして笑ったが、握られた左手にそのとき、微かに力が
「ねー、灯里ちゃん」
笑顔で同意を求められ、ここで否定するのも野暮であるし、灯里も柄にもなく「ねー」と返してみた。
「もういいです」
グミはヘッドホンを着けると、ぷいと窓の方を向き、手元の鍵盤をいじり始めた。その背中はそのまんま拗ねた子供のそれである。
奈々千は灯里の手を離すと、慌ててグミの機嫌を取り直しに行った。
「ふぅ」
灯里はその場で腰を落とした。尻がソファの座面に着く。浅いところに座ったものだから反発が強く、自然と背筋が伸びた。
奈々千の申し訳なげな微笑と、グミのいじけた声。趣味が悪いと思われるかもしれないが、そんなものが灯里には心地が好かった。しみじみと呟く。
「楽しいな……」
「言ったでしょう。ひとりぼっちじゃない、って」
「――っわあ!?」
ひっくり返るかと思った――いや、座りながらひっくり返るも何もないのだけど、びっくりして身を縮めた灯里は勢い余ってダルマのように後ろに転び、ついでに足が大きく空を掻いた。みっともない体勢のまま、スカートだけは鬼の速さで押さえた。
「――な……っ!」
ローテーブルを挟んだ向かいに、メガネの男――梅田、だっけ――が悠々とくつろいでいたのだ。
「なに、お前、いつからいたの!?」
ずり、と上靴のままソファを後ずさり、早鐘を打つ胸を押さえた。
「『
灯里は手近にあった投げられそうなものをぶん投げた。それが背もたれのクッションだったと投げてから判った。クッションは梅田のメガネを
「お前のそういうところが嫌い!」
「どういうところですか」
梅田は少しも慌てることなく冷静にメガネを取りに行って戻って来た。
「KYなところ!!!!」
なんだなんだ、と仲直りを果たした女子二人がソファ席に集まる。
「いやいやいや、織部さん。むしろ俺は空気を読むに読んで、ここに黙って座っていた訳ですし、先日だって俺は織部さんのためにわざわざセルフのご利用者カードを――うっ!!」
・
――結局。
四人でローテーブルを囲う形で、
ソファは灯里の軽い体重でも十分沈み、尻と言わず腰と言わず下半身を包み込んだ。安心感が凄い。気を抜けばうっかり眠ってしまいそうだった。
メガネを拭きながら梅田は灯里の対角に席を変えた。正面には
テーブルの上には梅田が準備室から運んできた機材――ノートパソコンと小さな鍵盤。それと使い古して型の崩れた灯里のスクールバッグが置かれている。
奈々千が可愛らしい声で咳払いをする。
「さて。色々込み入ってしまったけど、あまり時間が無いから巻きで進めるね。梅田くん、グミちゃん。参加は自由だけど、くれぐれも話を脱線させないように」
「先輩、この男は要らないと思いまーす」
グミが手を挙げて発言し、梅田はそれに突っ掛かったが、奈々千はにこりと二人に微笑むと、
「さっきの話なんだけど」
と、灯里に真剣な顔を向けた。兄妹は無視する運びらしい。
「私たちカラオケ部は、二つのグループに分かれてカラオケをつくっているの。一つはさっき話題に上がった<クリエイター>。そしてもう一つは<ディレクター>。いいかな? ここは一番重要だから絶対に覚えて帰ってね。だから今日はもう、この話を掘り下げるだけで終わりにするよ」
「はい。俺、クリエイターです」
「私もクリエイター!」
兄妹で仲良く手を挙げる。この二人は仲が良いのか悪いのか、いまいち判らない。
「ちなみに私も、クリエイター。
「なにそれ。クリエイターばっかりじゃねぇ?」
ふふ、と奈々千が堪えきれない笑みを零す。
なんですか、と問うと、口悪いね、とやっぱり奈々千は笑った。
「あぁ……私が口悪いのは気にしないでください」
「気にして無いよ。私に対しては敬語じゃなくてもいいし。ただ私の知ってる人に似てたから面白くって」
懐かしげな顔で眺められても。
灯里が困っていると、横から突っ込みが入った。
「先輩、自分で話を脱線させてるじゃないですか」
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