2 忙しい日々
「うわああああああ――――――っ!!!!!!」
きゃっ、と小さな悲鳴が居間の奥から聞こえ、見るとダイニングテーブルで妹の
化粧中だったらしい妹はパフを片手に背すじをこわばらせ、「なんなの!?」と
改めて部屋を見回すが、リビングがありダイニングが続き、突き当たりでエル字に折れて奥まったところにキッチンがある。
と、いうかまぁ。
自分の家だここは。
(そっか、朝ごはんたべて化粧して、ソファでごろごろしてたら)
そのまま寝てしまった。
レースカーテンの引かれた窓辺には程よく陽の光がそそぎ込み、ソファからはみ出す灯里の脚をよろしい具合に温めた。天然の布団だ。そりゃあ寝る。
「んー……、夢見てたっぽい」
いやな夢だったの? と
「お姉ちゃんうなされてたもん」
机に置いた鏡を覗き込んでせっせとメイクしながら、妹は他人事のように言う。
「そういう時って普通起こさない?」
「だってまだ出掛けるまで時間あるし、最近忙しそうだったし。いいかなって」
時計を見ると十時を少し回った頃で、確かに午後の予定までは時間があった。
カラオケ部へ入部して六日が経った。
今日は日曜日。灯里は光里と出掛ける約束があった。
といっても用事があるのは妹のほうで、なんでも「聞いてほしいことがある」のだそうだ。そう話を持ち掛けられたのが数日前。平日は忙しいから、と後回しにしていたのだけれど、ようやくその日が巡ってきたという訳だ。
ちなみに「忙しい」という灯里ご用達の見栄っ張りフレーズは、この場合事実だ。
親にバイオリンをねだった翌日、部活を終えた灯里は母と妹の三人で町の楽器屋を訪ね、目当ての品を購入した。新品のバイオリンだ。
その楽器屋は音楽教室も営んでおり、灯里はその場で入会を申し込んだ。
やるならちゃんとやりなさい――それが楽器を買ってもらうための条件だったからこれは仕方のない事だったし、灯里としても今のままではとても学園祭の舞台に立てると思わないので、素直に従った。これが火曜のことだった。
レッスンは翌日から始まった。もちろん部活もある。放課後は日が暮れるまでカラオケをつくり、下校してレッスン。帰宅してからも遅くまで楽器を鳴らした。
妹の相談はどんどん後に回され、そうこうしているうちに日曜になった。
それでようやく今日の午後、外でお茶でも飲みながら……、という事に決まったのである。
「それで、どんな夢だったの?」
――夢、っていうか。
いや、夢なんだけれども。
まごついた。
夢と言ってもあれは実際に経験した、いわば記憶である。四年前、灯里がバイオリン教室をやめた日の記憶。灯里を灯里たらしめた記憶 ――過去。
改めて今みた夢を思い返してみるが、実に過不足なく再現されているように思える。
「忘れちゃった」
言って灯里はソファから飛び出し、足の裏から暖をとるように窓辺の陽だまりを歩いた。
妹の後ろを通りしな後頭部で指を弾ませてやり、いてっ、とか言うのを楽しんでから奥のキッチンで牛乳を一口含んだ。
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