第36話 魂の世界

 ユティアは光が溢れる世界にいた。まるで、昼の太陽と、夜の月が一緒に照っているかのような眩しさに、ユティアは思わず目を閉じる。

 しばらくして目が慣れてきたあたりで、ユティアはおそるおそる目を開いた。辺り一面に、まばゆい光の塊がある。それは帯状だったり、四角かったりなど、様々な形状をしていた。


——これが、私の魂。


 ユティアは辺りを見渡した。たしかに、ヘルメスが言っていた通りに、翡翠色の光が多い。これが、風元素なのだろう。

「ユティア。自分の魂の様子を見るのはどうだ?」

 ふと、声が近くから聞こえた。横を見ると、先ほどまでいなかったはずのヘルメスが、隣で不敵な笑みを浮かべながら立っていた。

「ヘルメス!」

 そこまで驚かなくとも、とヘルメスは困惑したように言った。まさか、こんなところでヘルメスと出会えるとは思わず、大きな声が出てしまったようだ。

「どうやら、無事魂の様子を見ることはできたようだな。ここから、アレスの居場所を探っていく。……おそらくは、あそこだと思う」

 ヘルメスが指さした場所を見ると、一際光り輝く場所が見えた。あそこが、ユティアの魂の核なのだろう。そして、そこにアレスがいる。

「……以前、君の魂の様子を見たことがあっただろう? あの時、君のあまりの元素量で、核まで進むことができなかった。今回はそれに抗って進むつもりだ。もしかしたら、荒療治になるかもしれない」

 ユティアは黙ってうなずいた。もとより、危険であることは承知している。


 自分の魂の中に広がる世界を見るのは、不思議な気分だった。これまでユティアが見てきた魂の世界とは、まるで違う世界。これまでユティアに力があると言われても信じられなかったけれど、これを見せられれば信じざるを得ない気がする。

 ユティアは思わず胸元のペンダントに触れた。そこには、父から譲られたペンダントがある。母にあなたが持っていなさいと言われて持ってきたものだ。鷹のモチーフからは気高さを感じて、背筋が伸びるような気がした。


「ここから、元素量が増えている。触っても影響はないが、視界が奪われたり、元素の圧に阻まれることがあるかもしれないから、気をつけろ」

 いたるところで、ユティアの元素が渦巻いている。赤、緑、青、黄の色とりどりの元素が集まって形作っては、離れていく。ユティアの耳元を元素がかすめると、ごごう、と低音が聞こえる。

 ユティアは元素にぶつからないように気をつけて歩いた。ユティアの元素だから、特に危険な目には合わないと思うが、もしかしたらということもある。

 しばらく歩くうちに、さらにまばゆい光が2人を包んだ。目がチカチカするほどの光に、ユティアたちは顔の前に手をかざしながら、一歩一歩進む。一際強い光を超えると、そこにあったのは、アネモネだけの花畑だった。


「これは……」

 元素でできたアネモネの花だ。あまりの幻想的な光景に、ユティアは息を呑む。その中心には、ユティアの魂の核と、それに寄り添うようなアレスの姿があった。

「アレスっ!」

 ユティアは思わず声を上げる。眠っていたようなアレスが、はっとしてこちらを見た。

「ユティア! どうして、ここに」

 そして、隣にいるヘルメスを見てどこか悲しい顔をする。

「……すべて、分かってしまったんだね」

 ユティアはアレスに駆け寄ろうとした。しかし、ヘルメスの手がそれを阻む。

「気をつけろ」

 ユティアがヘルメスを見上げると、ヘルメスはいつになく険しい顔でアレスを見ていた。

「何かしてくるかもしれない」

「何もしないよ」

 アレスは、ヘルメスを見て言った。そして、立ち上がってユティアたちの方へ向かってくる。アネモネの花弁が、ふわりと揺れた。

「……僕にはもう何もできない。何の力もない」

 アレスが、自分の手をみつめて言った。

「お前が、ユティアの魂を喰らったんだろう?」

 ヘルメスが押し殺した声で告げた。隣にいるユティアでさえ思わず寒気がするほど、殺気のこもった声だった。

「……まだ、してないよ」

 アレスは言った。

「まだ、ってどういうこと?」

 ユティアは思わずアレスにたずねた。

「もう少ししたら、僕の身体は保てなくなる。そしたら、僕の意志とは関係なく、君の魂を取り込んでしまうだろうね。僕が君の魂を選んだ時から、決まっていたこと」

 アレスは一歩、ユティアに近づいた。

「なぜ、ユティアを狙う」

 アレスは目をまたたいた。

「ユティアの父が、僕の封印を解いてしまった。それだけだよ」

「じゃあ、誰でもよかったの?」

「……その時の僕にとっては、そうだね」

 アレスは目を伏せた。

「今となっては地獄だ」

「どういうことだ」

 固い声で、ヘルメスが問う。

「今、僕は喉が渇いて仕方ないんだ。ユティアの魂を喰らいたくて、仕方ない」

「ユティアは渡さない」

 ヘルメスが、ユティアの前に立つ。それをアレスは心底悲しそうな、恨めしそうな表情で見つめた。

「僕だって、ユティアを殺したくない」

「……アレス」

「ユティア、騙されるな。こいつは師匠によって封印されたんだ。何かあるはずだ」

「師匠?」

 アレスが、訝しげにヘルメスを見た。

「もしかして、アリカの弟子なのか? アリカは、生きているのか?」

「師匠はもうとっくに死んだ」

 そう告げられたアレスの表情は、とても悪しき錬金術師には見えなかった。まるで、家族を失ったかのような悲しみが伝わってくる。

「アリカはもういないのか。では、僕はもうアリカには謝れないんだね」

「あなたはなぜ、封印されたの? 本当にあなたは封印されるべき人だったの?」

 ユティアは必死に呼びかける。アレスは、泣きそうな顔で笑った。

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