第18話 初めての魔術 後編

 ヘルメスはユティアをモデルにして、やり方を教えてくれるらしい。『魂の濁り』を治した時、ユティアも一緒にいたとはいえ、自分だけで同じようなことをするというのは、ユティアには大それたことのように感じた。

 不安を感じてぎゅっと手を握ると、それに気づいたのか、リリィがユティアの眼前でくるりと回った。

「ユティアならきっとできるわ!」

 底抜けに明るい声で言って、そしてはたと考え込んだ顔をした。

「もしできなくても、練習だと思えばいいのよ。ヘルメスも、師匠に怒られてたわ」

 ふふっとリリィは笑う。ヘルメスはというと、苦い顔をしていた。

「リリィが言う通りだ。できなくても、できるように私が手助けするつもりだ」

 咳払いを一つして、ヘルメスは言う。リリィにつられるように、ユティアも思わず口元が緩むのを感じた。

「がんばります」

「そこまで気負う必要はない。ここまでできてるだけでもう十分だ」


 では、やってみるぞ、とヘルメスはユティアに声をかけた。ヘルメスがユティアの手をとる。

「まずは対象者と接触する必要がある」

 ヘルメスの手は滑らかであたたかい。

「次に、接触している部分に集中する。さっき元素を集めたのと同じ要領だ。そして、自分の体が溶けて、その人の中に入り込んでいくようなイメージをする」

 ヘルメスがそう説明をしていると、ヘルメスと触れている部分がだんだんと熱を帯びてきた。光がヘルメスの手から溢れはじめる。これまで『魂の濁り』を取り除いてきた時と一緒だ。あたたかい滑らかな光が、ユティアとヘルメスを照らした。

「そうすれば、あの闇の空間に移動することができるはずだ。そこにいけば、その人の魂の様子を見ることができる。魂のまわりを渦巻いているのが、君の体内の4大元素だ」

 そう言って、ヘルメスは口を切った。

「これは——?」

 驚きにも似た声があがり、ユティアは不安を覚える。なにかユティアの魂に異常でもあっただろうか。

「ものすごい光だ。君にはこんな量の元素が——。高い魔力を持つだけある」

 ヘルメスが感嘆の声をあげる。ユティアには自分の魂や元素を見る言葉できなかったが、ヘルメスの声の様子から察するにそれはとても凄いことなのだろう。ヘルメスはユティアの手を取りながら、ユティアの魂の様子を説明してくれた。

 たくさんの色の元素たちが飛び交い、幻想的な世界が広がっているのだと言う。ユティアの魂の中は、これまでに見た他の人たちよりも、光に溢れているらしい。ヘルメスの口ぶりは、とても感動しているようだった。


 しばらくして、触れている手から放たれていた光が徐々に消えていく。

「ありがとうユティア。興味深いものが見れた」

 ユティアは首をかしげる。

「これまでに見た誰よりも、君の魔力は高いだろう。4大元素に溢れていて、魂まで直接見ることが出来なかった。……すごいな」

 ここまで手放しで褒められると、ユティアはどうしていいか分からない。少しの気恥ずかしさに、ユティアはヘルメスの視線から逃れるように目を伏せた。

「ここまでの弟子を持って、私も教えがいがある。では、次はユティアの番だ」

「は、はい!」

 ユティアはヘルメスがやっていたように、ヘルメスの手に触れた。そして、先ほどと同じく触れているところに意識を集中させる。


 ふっと、次の瞬間にユティアはあの闇の空間にいた。これまでにみた闇の空間は、がらんどうのように思えたが、今回は違った。闇を切り裂くような、眩い光が一点から溢れ出している。ヘルメスが先ほど見せたのと同じ、橙色の光だった。あたたかさを感じるその光を目指して、ユティアは歩いていく。


 その光の中心には、ヘルメスがいた。その周りを、橙色の光が取り囲んでいる。これが、ヘルメスの魂の核なのだろうか。ユティアは手を伸ばしかけて、触れそうになる瞬間に引っ込める。『魂の濁り』を治療した時には体に触れたとはいえ、今のヘルメスの魂を触っていいものなのか、ユティアに判断は付かなかった。

 光の中心にいるヘルメスは、穏やかな顔で目をつぶっていた。ヘルメスのまわりを覆っている光は、ユティアを歓迎するように強さを増した。これまで見てきた『魂の濁り』に侵されていた人々とは似ても似つかないような、強い光。これがきっと普通の状態なのだろう。きらきらとまたたく光を見ていると、なぜか心が落ち着いた。

『ユティア、大丈夫か?』

 その時、ヘルメスの優しい低い声がユティアの頭の中に響いた。

『はい。……ヘルメスの魂は、あたたかいですね』

 ユティアは思った通りのことを素直に言ったのだが、ヘルメスの笑い声が響いた。

『私は火元素が多いらしいからな。よし、では戻ってこい。戻ってくる時には、意識をだんだんと浮上させるんだ。夢から覚めるのと同じだ』

 ユティアはまた意識を集中させた。ヘルメスに言われた通り、眠い朝に夢から覚める時のように、自分の体に意識を持っていく。


「ユティア、おかえりなさいなの!」

 次に目を開いた時、目の前にはリリィがいた。

「よくやった。上出来だ」

 ヘルメスは微笑みながら言った。

「今日はここまでにしよう」

「ありがとうございます」

 ふと、体から力が抜けるのを感じた。思ったよりも体はこわばっていたらしい。

「リリィも、協力してくれてありがとう」

「ヘルメスとユティアのお願いなら、いくらでも聞くわ!」

「ありがとう、リリィ」

 リリィは嬉しそうに笑って、羽をはためかせた。

「じゃあ、またワタシと遊んでね!」

「もちろん!」

 リリィはぴょんとユティアの肩に飛び乗った。

「約束よ?」

「うん。約束する」

 ユティアは小指をそっと差し出した。

「指切りしよう」

「指切り……?」

「あ、うーんとね。約束が守れるようなおまじない。私の小指に触れてみて」

 リリィは素直にユティアの小指に触れた。

「指きった! これで、きっと大丈夫」

「ほんと? ありがとう!」

 リリィは目を輝かせて言った。

「じゃあね、今度はヘルメスともやるの!」

「は? 私もか?」

 ヘルメスが困惑の声をあげたるのも意に介さず、リリィは一瞬でヘルメスの小指に飛びついた。

「ヘルメスも一緒におまじないするの!」

 困惑しているヘルメスを見て、ユティアは思わず笑いをもらした。

「なに笑ってるの、ユティア! ユティアも一緒にやるのよ!」

「えっ、私も?」

「当然なの!」

 ユティアは素直に小指を出した。ヘルメスも、渋々ながらも小指を出す。リリィはヘルメスの小指に捕まったまま、ユティアの小指とヘルメスの小指をくっつけるように指示した。

「これでいいの? ユティア」

「う、うーん? だ、大丈夫だと思う!」

 とりあえず、答えるしかない。指切った、と言えばリリィは嬉しそうに笑った。

「これでみんな仲良しなの!」

 リリィの言葉は、ユティアの心にじんと沁みわたった。

「ありがとう、リリィ」

 そっとつぶやくと、リリィはユティアの思いの全てを見透かしたように、微笑みながら頷いた。

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