第17話 初めての魔術 中編
ユティアはともすれば崩れ落ちてしまいそうになる体を、やっとのことで立ち上がらせる。これからが本番だ。先ほどまで散々走ったおかげで、体はいい感じにほぐれていた。
「まずは、大気中の元素を確認してみよう」
リリィ、とヘルメスが声をかけると、リリィは嬉しそうに羽を羽ばたかせた。
「ワタシの出番なの?」
「そうだ。風元素を頼む」
「わかったの!」
リリィがぱたぱたとユティアのまわりを飛び回った。その度に、金色の粉のようなものがユティアのまわりに振りかかる。リリィの通ったところは、花のような香りがした。
「なにか見えるか?」
「……金色の粉のようなものが見えます」
「そうだ。それが元素だ。どの範囲まで見える?」
ユティアは辺りを見渡した。ユティアの手を伸ばした範囲にあるものは確認できるが、それより遠くには何もないように見える。
それを伝えると、ヘルメスは静かにうなずいた。
「まあ、最初にも関わらず、これだけ見れているのだから十分だろう。次は、元素を操る能力を身につけていこう」
そう言ってヘルメスは手のひらを出して、上に向けた。すると、その途端に元素が吸い込まれるようにヘルメスの手のひらに集まっていく。瞬く間に、ヘルメスの手のひらの上に金色の球体ができた。
「これは元素を集めて塊にしたものだ。ユティアにも同じようにこれを作ってもらおう」
「は、はいっ」
「まず、目を閉じろ。そして、元素が手のひらに集まってくるのを念じるんだ」
ヘルメスの低い声に従い、ユティアは目をつむる。
手のひらの上に金色の元素が集まってくるイメージをした。まぶたの裏にその光景を刻むかのように、強く強く念じる。手のひらがあたたかくなっていく感覚がある。ふと、目を開けると、ユティアの手のひらの上に、顔ほどもある大きさの金色の球体が出来上がっていた。
その大きさに驚き、イメージが途切れた瞬間、ぱちんと泡が壊れるように、球体も崩れ去った。それと同時に、びゅう、と一瞬強い風が吹いてユティアの髪を揺らす。
「今集まっていた元素は風元素だな。君は風元素に秀でているようだ」
「ワタシと一緒ね! ユティア」
嬉しそうにリリィが笑った。たしかに、リリィは風の精霊であるシルフだった。
「風元素の使い手といえば、この国の建国者が有名だな」
この国の建国者は、別名を風の王と呼ばれている。なんでも、風元素を使った魔術で一騎当千の戦いを繰り広げたとか。彼は賢王だっただけでなく、高名な魔術師でもあったはずだ。そんな人物と同じく、風元素に秀でていると言われたユティアは、なんとも嬉しいような、恐れ多いような、そんな気分だった。
「4大元素は火、水、風、土の4つから成っている。誰の身体も4大元素から成っているが、人それぞれの持つ元素のバランスには偏りがある。それぞれの持つ元素量の大きさが、すなわち魔力の量だ。その人の持つ一番比重の高い元素が、得意な魔術になることが多いな」
「元素量は生まれつき決まっているんですよね? それは、血筋で決まってしまうものなんでしょうか?」
「だいたいは、そうだな。優秀な魔術師ばかりを排出している家系もある」
「ヘルメスの家も、そんな家系だったのですか?」
「私の家は、ただの貴族だったな。遠縁で魔術師が1人いたのだが、それを運よく継いだらしい。まあ、私は魔術師というよりは錬金術師なのだが」
「それ、気になってたんです」
ぱちん、と手を叩いてユティアは言った。
「錬金術師と魔術師って何が違うんですか?」
「……知らなかったのか?」
ヘルメスは片方の眉毛を上げた。心なしか、表情が怖い気がする。
「すみません。同じだと思ってました」
「まあ、一般人からすれば変わりないかもしれんな。平たく言えば、錬金術師は研究者だと思ってくれていい。元素から新たなものを生み出すことができないかを日夜研究する集団だな。魔術よりはじめにできたのは錬金術、そこから実践を深めていったのが魔術だ。日夜こもって研究を行う錬金術師と比べて実践型の魔術師のほうが華があるからか、現在は魔術師のほうが――」
「難しい話は終わりなの!」
語りはじめたヘルメスの前にリリィが躍り出た。ぷぅ、と口を膨らませている。
「悪い悪い。久々に語り始めたら止まらなくなるところだった」
「そうよ。ユティアが困ってたんだから。ね?」
いきなりリリィに話を振られて、ユティアは首をぶんぶんと横に振った。元はと言えば、ユティアが錬金術師と魔術師の違いをたずねたのがきっかけなのだ。聞いているうちによく分からなくなっていたなんて、口が裂けても言えない。
「そんなことないですっ! 興味深く聞いてました」
嘘は言っていない。ヘルメスはユティアをじろりと見つめた。本当か?と言いたげな瞳をしている。
「最初の質問に戻るが……。魔力量は、血筋でほとんどが決まる。君の桁外れな魔力からすると、ご家族や近い血筋に魔術師でもいたのではないか?」
ユティアの脳裏に、母の言葉が浮かんだ。ユティアの魔力はきっと父譲りだ。しかし、それを言ってもいいものなのか分からない。母は、魔力があることは誰にも言うなと言っていたのだ。
黙り込んだユティアをみて、ヘルメスは何かを察したのだろう。それ以上は何も聞いてはこなかった。
「では、次に魔力を使って、私の体内の元素を見てみようか」
「そんなことができるんですか?」
「この間やってみせただろう? 『魂の濁り』を治した時にやってみたのと同じことを、今度はユティア1人でやってみる練習だ」
「私1人で……」
「最初だからな。できなくても構わない。とりあえず、やってみよう」
ユティアはうなずいた。
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