第25話 許可を求めて
でっぷりと太った腹をゆらゆらと揺らしながら、彼はユティアたちに近づいてくる。村長はユティアの顔を見た途端、ぐっと眉間に皺を寄せた。
「お前か、ユティア。散々わしらに迷惑をかけやがって」
低い声を響かせて、村長は半ば怒鳴るように言った。ユティアは思わず首をすくめる。人の怒りに触れるのは、やはり怖い。
「すみません。村長さまに、お願いしたいことがあって参りました」
逃げ出したくなるのをぐっと堪えて、ユティアは村長の目を見据えて言った。村長の眉間の皺がさらに深くなる。
「よそ者からの願いなんて聞くわけなかろう」
――やっぱり。
ユティアの心が曇っていくのを感じる。よそ者だから、そう言って村の人々はユティアたちを見ようとしてくれない。その積み重ねが、ユティアたちをさらに殻に閉じ込めていく。ここで折れたら、また同じだ。
「少しでいいんです。聞いていただけないでしょうか? 悪い話ではないはずです」
「なんだ? 取引をしようというのか? お前がごときが?」
村長はふん、と鼻を鳴らした。ユティアを侮蔑のこもった目で見る。
そして、ふとユティアの隣に立っているヘルメスに目を留めた。
「お前は誰だ」
「私はヘルメスと申します」
「ああ? 誰だ、よそ者だろう?」
だみ声で、村長はヘルメスを見やった。
「たしかに。私はネローネの森に住んでいます」
「ネローネの森……?」
村長は、ぽかんと口をあけた。
「ネローネの森に、人が住んでいるわけないだろう」
村長の隣で静かにしていたアマリアが、はっとしたように口元に手をやった。
「もしかして、賢者さま?」
「賢者さまだと?」
「ネローネの森に1人で住んでいて、何の病気だって立ちどころに治す薬を持っているっていう噂だよ、父さん」
アマリアは畏怖のこもった目でヘルメスを見た。ヘルメスは何でもないような顔で立っている。今のところは、必要以上に話そうとしない。きっと、ユティアが話すのを尊重しているのだ。そう思うと、体に力が湧いてくるのを感じた。
「私、彼の元で弟子をしているんです」
ユティアは、アマリアと村長の目を見据えて言った。
「な……」
村長は絶句した。
「彼の元で修行をしています。彼には及びませんが、彼から教わってなんでも薬を作ることができます」
まだユティアには薬を作るまでの実力はない。それでも、ユティアは言い切った。口から出まかせでも、嘘ではない。きっと、ヘルメスであれば、何でも薬の作り方をユティアに教えてくれるだろう、という確信があった。
村長とアマリアは、ぐっと言葉に詰まった。そして、2人で目くばせをする。
ユティアがこの話を出したのは、村長たちは薬が必要だと踏んだからだった。ユティアが母の薬をもらいにアマリアに会いに来たとき、アマリアは「うちにも薬はない」と言った。おかしいのだ。この村を束ねる存在であり、資産にも豊富なはずの村長が、薬を切らすはずがない。
「どうか、私の話を聞いてくれませんか?」
最後の一押しとばかりに、ユティアは言った。アマリアが息を詰めて村長をみる。観念したように、村長は息を吐いた。
「分かった。話だけでも聞こうじゃないか」
そう言って、村長は顎でユティアたちを中に入れと誘う。ユティアがヘルメスを見上げると、ヘルメスは静かにうなずいた。ユティアもそれにうなずき返して、家の中に入った。
「まあ、座れ」
村長に促されるまま、ユティアたちはテーブルについた。どっかりと、村長は目の前に座る。
「それで、話ってなんだ?」
「……私たちに、この村を調査する許可をください」
「は?」
村長は眉間にしわを寄せた。
「調査ってなんだ。もっと分かりやすく教えてくれ」
村長に乞われるまま、ユティアはできるだけ端的にアレスのことを話した。
「それで、そのアレスとかいうやつのことを探しに来たってわけだな」
「そうなります。この村に何か手がかりがないか、探させてほしいんです」
「……」
村長は考えこむように黙り込んだ。ぎゅっとテーブルの下で握った手には汗をかいている。ここまで来たのだ。断られるわけにはいかない。ユティアはごくりとつばを飲む。
「もっと大それた許可を取りにきたのかと思ったのだが。それぐらいなら、許してやろう。好きにしろ」
村長は吐き捨てるように言った。口調は荒々しいとはいえ、それでも許可には違いない。ユティアは思わず飛び上がりたくなるのを必死でこらえた。
「ありがとうございますっ!」
「だが、1つ交換条件だ」
「なんでしょう」
「母を、診てくれないか?」
たしか、村長の母――長老はまだ存命だったような気がする。しかし、かなりの高齢であるはずだ。
「ご病気なんでしょうか?」
「ああ」
そっけなく、村長は言った。その目は、半ば諦めているようにも思える。
「私にできることなら、診させてください」
ユティアは村長の顔を見つめて言った。ユティアにできることなど、ちっぽけなことかもしれないが、やらないという選択肢はなかった。
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