第24話 ユティアの村

 村はいつもと変わらないはずなのに、今は全く違うものに見えた。まるで、ユティアを一口で飲み込んでしまうような、そんな恐ろしささえ感じる。


 ユティアは緊張をほぐすように深く息を吐いた。そんなユティアを、ヘルメスが心配そうな面持ちで見つめている。

「あそこの木を越えたあたりから、私の村になります。……まずは、私の母に会いにいきましょう。母に事情を話さなければ」

「わかった」

 ヘルメスは、言葉少なにユティアの先導のもと歩く。


 ユティアの家へ帰ると、母は夕飯の支度をしている様子だった。

「お母さん、ただいま」

「おかえり、ユティア」

 台所で何かを包丁で切っていた母は、背中にユティアの声を受けながら挨拶を返す。

「お母さん、ちょっと今大丈夫?」

 どうしたの、と振り返った母は、一緒にいるヘルメスを見て、驚いたように目を見開いた。

「どうも、はじめまして。ヘルメスと申します」

 ヘルメスが優雅にお辞儀をする。ヘルメスの長い髪がさらさらと揺れた。

「お母さんの薬を作ってくれた、賢者さま」

 ユティアが補足すると、母は素っ頓狂な声をあげた。

「あ、あなたが賢者さま!? その節はありがとうございました」

「ヘルメスのおかげで、お母さんはすっかり元気になったんだよ」

「それはよかった」

 固い表情をしていたヘルメスは、少しだけ表情を緩めた。

「はい。体がすっかり軽くなって、とても助かってます。……それで、ユティア。これはどういうことなの?」

 母が困惑したように言った。

「私たち、アレスのことを調べにきたの」

「……あなたが会っていた幼馴染のことね?」

「そう。ただの偶然では済ますことができないことが起きたの。だから、ヘルメスと一緒に調べにきた。何か手がかりがないかって」

 母は困惑したように、ユティアとヘルメスを交互に見つめた。

「そのためにこの村に来たの? 村の外の人を連れてきたなんて、村の人たちになんて言われるか」

「わかってる。だから、村長さまに許可を取りに行こうと思って」

「村長さまに?」

「うん。村長さまからの許しがあれば、きっと誰も咎めたりしないわ」

母は押し黙った。

「たしかに、そうかもしれないわね……。もし、村長さまを、説得できたらの話だけど」

 母は眉間に皺を寄せて考え込む。これまで村長に何をされてきたかを思い返しているようだった。ユティアと違い、母は外の世界へ出て、よそ者である父を連れてきた張本人だ。当時は色々なことを言われたのだろう、と想像できる。

「きちんと話を聞いてもらえるかしら」

「話してくれるまで、私は動かない」

ユティアの力強い視線を受け止めて、母はうなずいた。

「……そこまでの覚悟があるなら、私からは何も言えないわ。どうか賢者さま、ユティアのことをお願いしますね。この子は、誰に似たのか、思い込んだら一直線なところがあるので」

「もちろん」

 ヘルメスは頷いた。母もそれに頷き返す。

「村長さまになにを言われても、言われなくても、ちゃんと帰ってくるのよ」

「わかってる」

 ユティアは頷いた。


 村長の家へ行くまでの道のりで、多くの村人とすれ違った。その誰もが、ユティアと共に歩いているヘルメスに目を留める。すらりと背が高いヘルメスは、ただ歩いているだけでも絵になった。

 この村には似つかわしくない、異質な存在として村の人々の目にはうつっているのだろう。ヘルメスを指差して何やらひそひそ言い合っているのも目に入った。

 ユティアのことをあれこれと言われるのはもう慣れていたが、ヘルメスがなにかを言われるのは嫌だった。こんなところにヘルメスを連れてきてしまったことを、後悔する。ヘルメスはきっと、何も気にしないと言ってくれるだろう。それでも、ユティアの胸がちくちく痛むのを感じた。


 村長の家についたユティアは、どんどんと扉を叩く。前回の村長の家に行ったときの苦い思い出が蘇った。あの時は、村長の娘であるアマリアに、有無を言わずに扉を閉められてしまったのだった。

 扉の向こうはしん、と静まっている。ユティアはもう一度扉を叩いた。

 無視をされているのか、それとも誰もいないのか。村長の家に行くと言ったのはユティアだ。会ってすらもらえないとなったら、今後どうすれば良いのだろう。村人たちは、こそこそと、ユティアたちの様子を見ているようだった。

 自然と俯いてしまっていたユティアがふとヘルメスを見上げると、ヘルメス村人たちの不躾な視線にも動じず、見つめ返していた。その堂々とした様子に、村の人たちは少なからず恐れをなしているようだった。足早に、そこからいなくなってしまう。

「留守だろうか」

「……そうだったら良いんですけど」

「そうじゃない可能性もあるってことだな?」

「えっ?」

 そう言って、今度はヘルメスがどんどんと扉を叩き始めた。

「ヘルメス……!」

「もし、無視されているのだったら何度だって叩くまでだ」

 どん、どん、どん。何度も何度も、ヘルメスは扉を叩く。

「すみません! ユティアです。どうか、開けていただけませんか?」

 ユティアは、意を決して声を張り上げた。これで聞こえていないはずがない。

 どれぐらいそうしていただろう。その時、ガチャリと扉が開いた。ハッとして中を見ると、心底不機嫌そうな顔をしたアマリアがそこにいた。

「うるさいんだけど」

「すみません。聞こえていないのかと思って」

ユティアは怯まずに言い切った。ユティアの姿をジロジロと見たアマリアは、後ろに控えているヘルメスの顔を見て訝しげな目を向けた。

「あんた誰?」

「申し遅れた。私はヘルメスという」

「ヘルメス?」

 はあ?、と声をあげそうなアマリアは、ヘルメスの姿を上から下まで眺めた。

「なんの用?」

「まずは一旦中に入れてくれないか? そこで話したい」

 ヘルメスのはっきりとした物言いに、気圧されたのかアマリアはぐっと言葉を飲み込んだ。罵倒の言葉でも用意していたのだろう。

「アマリア、誰が来たんだ?」

 その時、アマリアの後ろから、声が聞こえた。声の主は、村長だった。

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