第4話 賢者さまとの出会い

 視界が開けると、目の前にあったのは大きな洋館だった。おとぎ話の絵本に出てくるような、白とベージュの間のような色の外装からなる、三階建ての家。茶色の屋根は三角形をしていて、少し可愛らしい。広い庭は、ユティアの肩ぐらいまである鉄の柵に囲まれている。ここから見た限りでは、庭の中には、色とりどりの花が咲いていた。

 ここが賢者さまの住む家だろうか。

 人が1人住むには、広すぎる家だ。ユティアの家の何倍もあるだろう。掃除をするのが大変だ、とユティアは頭の中で思わず想像してしまう。

「ここがヘルメスのおうちなの!」

 目の前の景色に圧倒されているユティアに、リリィはどこか誇らしげに言った。

「案内してくれてありがとう、リリィ」

 お礼を言うと、リリィはにっこりと笑う。

「どういたしましてなの。ワタシの案内はここまで。また会おうね、ユティア」

 そう言って、リリィは空に向かって羽ばたいていった。その姿を目で追うも、すぐに視界から消えていく。リリィはあっという間にいなくなってしまった。

 リリィとまた会えるだろうか。ユティアは少しの寂しさを感じたが、気を取り直して洋館へ目を向けた。


 森から洋館までは、誘導するように小道が続いている。ユティアは道に沿って、歩みを進めた。緊張なのか、胸が痛いぐらいにドクドクと音を立てている。

 ユティアはこじんまりとした門の前で歩みを止めた。庭を囲んでいる鉄柵と続く鉄の門は、ぴたりと閉じられている。鍵はかけられているのだろうか。ユティアがそっと門を押してみると、見た目とは裏腹に、驚くぐらい簡単に門が開いた。おそるおそる門の中に入ると、ぎぎぎ、と重い音がして、勝手に門がしまる。思わずびっくりして後ろを振り向くも、当然そこには誰もいない。

 もちろん驚いたが、もうすでに伝説の存在だと思っていた精霊と会話を交わしたのだ。何が起こったとしてもおかしくはないはずだ。ユティアは深呼吸をして、また歩みを進めた。


 門から家までは、綺麗な石畳が続いており、その脇には色とりどりの花が咲いている。その時、ユティアは庭の一角にアネモネの花が咲いているのに目を見張った。ユティアの好きなアネモネの花がたくさん咲いている。赤、白、紫、オレンジ。たくさんの色のアネモネが風にゆらゆらと揺れていた。

 その他にもユティアの見たことのない形をした花々が咲いていた。おとぎ話のお姫様が着るドレスのような、幾重にも重なった花びら。近くを通るだけで、何とも言えない甘い香りが漂ってくる。

 ユティアは思わず、一番近くにあった花の香りをかごうと手を差し伸べた。その時だった――。

「危ない」

 ふと声がかかる。心臓が飛び出そうになるほど驚いて思わず手を戻す。声の主を探すと、先ほどまでいなかったはずのところに1人の男が立っていた。夜の闇を融かしたような漆黒の長い髪をゆるく一つに結び、髪と同じ色のローブを羽織っている。背がすらりと高く、どこかのお城の騎士と言われても納得しそうだった。一瞬、女と見まがってしまうような美しい顔をしている。深い青の瞳はどこか寂しげな様相だった。

「その花には棘がある。触ると危ない」

 男は先ほどユティアが触ろうとしていた花を指さしていった。

 ユティアは思わず後ずさる。たしかに花の茎には鋭い棘がついていた。

「あ、ありがとうございます!」

 ユティアがお礼を言うと、男はすこし驚いた様子でユティアを見つめた。

「――怪我をしている」

 男は先ほど花を触ろうとしていた方のユティアの手を指して言った。言われた手を見てみると、たしかに村長の家の扉に挟まれたところが青くうっ血していた。今まで緊張をしていたのか気付かなかったが、どうやら思ったよりも強く挟んだらしい。

 男はユティアに近づくと、すっとユティアの手をとった。あたたかな手のひらが、ユティアの手に触れる。

「……!」

 いきなりの出来事に驚きはしたが、意外と嫌悪感はなかった。男の人らしい大きな手のひらがユティアの手のひらを包む。

「痛むか?」

 男がそろそろとユティアの傷を触った。たしかに触れられると少し痛む。小さくうなずくと、男は心配そうにユティアの傷の様子をみると、懐から何やら小さな軟膏のようなものを出した。

「傷を治す薬だが、塗っても構わないか?」

 ユティアが言われるままにうなずくと、男は透明な薬を腫れたところに塗りこんだ。ハーブのような爽やかな香りがしたと思うと、塗ったところが少し熱をもつ。その次の瞬間には、先ほどまでうっ血していたところがすうっと消えた。

「……すごい」

 ユティアは思わずつぶやいた。痕を触ってみるも、先ほどまで傷があったとは思えないほど滑らかな感覚があった。

「ありがとうございます!」

「いや。礼には及ばない」

 男は涼しい顔で返した。切れ長の瞳がユティアをじっと見つめ、そしてどこか悲しげな色をもつ。ユティアが疑問に思って見つめ返すと、男はふっと目をそらした。

「ところで、君は何をしに来たんだ?」

 男はユティアにたずねる。ユティアははっとした。

「あの、私ユティアって言います。賢者さまはいらっしゃいますか?」

 ユティアが問うと、彼は少しむっとしたような表情をする。

「私はこの館の主だが?」

「あなたが賢者さま?!」

 ユティアの想像する賢者さまとはまるで違うその姿に、ユティアは絶句する。もっと白髭のおじいさんだとばかり思っていた。

「その名は嫌いだが、確かに近隣の者からはそう呼ばれているな」

 少し不機嫌そうに、男――ヘルメスは言った。不機嫌そうではあるが、それでもユティアを拒絶するような感じはなく、むしろユティアの出方をうかがっているようにも思えた。

「私、あなたに会いに来たんです」

「そうだろうな。この森に迷い込む者はたいていそう言う」

「私のお母さんを助けてください!」

 そう言いながら、ユティアはぎゅっと懐で握りしめていた袋を出した。

「お金ならここにあります。だからこれでどうか」

 一息に言って、ユティアは頭を下げた。そのまま、とても長い時間が過ぎた気がした。

「まずは顔をあげろ」

 顔をあげると、困ったような顔をしたヘルメスの姿が見えた。

「いきなりそんなことを言われても困る。とりあえず入れ。茶でも淹れてやろう」

 ヘルメスはそう言って、ユティアに入れと目でうながした。話はあとで聞く、とその目が告げている気がして、ユティアは素直にしたがって中に入ることにした。

 

 

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