第40話 再会

 ユティアたちはどんどん歩いていく。これから先に何があるかは、分からない。それでも、進むことで、何かが見えてくるのではないかと、ユティアは信じていた。

 アレスも、悪魔も消えてしまった。これでよかったのだ、という思いもありつつ、心のどこかに寂しさを感じてしまうことは許して欲しい、と思う。


「さあ、最初はどこに行こうか」

 しばらく歩いてから、ヘルメスが言った。

「まさか、決めてなかったんですか!?」

 思わず声をあげると、ヘルメスは頭をかきながら言った。

「まあ、ユティアが行きたい方向に行けば良いだろう、と思っていた」

「……うーん」

 ここをまっすぐに行くと、ロビンたちがいる町の方角だった。

「ロビンやマルロに会いに行きませんか? ロビンのパン屋さんもきっと開店したと思いますし」

「たしかに、そうだな」

 ヘルメスはうなずいた。あの時のパンは美味しかった、とつぶやく。どうやら、ユティアの舌だけでなくヘルメスの舌にも合っていたようだ。あれから何かと忙しくしていて、ユティアはロビンに会えていなかった。ロビンの婚約者アンナはすでに元気になっているだろうか。ユティアは思いを馳せる。

 そして、あの町には、マルロという少年がいた。彼の母は、すでに『魂の濁り』が進行していたはずだ。少し、後ろめたいような気持ちもある。マルロの母に、もう一度会えるだろうか。もし会えるのならば、何かできることがないかと思う気持ちもある。


 懐かしさを感じながら、ユティアたちはロビンの町へ向かった。ロビンのパン屋は、すぐに見つかった。店の外からでも分かるぐらいに繁盛していたのだ。小さな店構えではあったが、人が押し合いへしあいしている状況を見るに、人気店になったのだろう。ユティアたちは中に入りがたくて外からその様子を見ていることしかできない。

 その時だった。


「あれ、お姉ちゃん!」

 少年の声が響いた。はっとして声の主を探すと、そこにいたのはマルロだった。

「マルロ……! 元気だった?」

「うん。お母さんもだよ!」

「そうなの?」

「うん、お母さんあそこで働いてるの!」

 マルロはロビンのパン屋を指さして言った。

「え、お母さんが?」

 ユティアが思わず聞き返すと、マルロは元気に答えた。心なしか、頬がふっくらとしたような気がする。ユティアはヘルメスと顔を見合わせた。

「僕が案内してあげる!」

 マルロはそう言って、ユティアの手をとった。ユティアはマルロに促されるまま、パン屋に足を踏み入れる。


 そこには、所狭しとかわいらしいパンが並んでいた。幸せの色と言ってもいいような、陽光を集めた小麦色のパンたち。店にいるお客さんのそれぞれが、何を買おうかとわくわくしたような顔でパンを見比べている。カランカラン、とドアにかけられた鈴がなった。

「お母さん! お姉ちゃん来たー!」

 マルロが店頭でパンを並べている女に話しかける。振り返ると、たしかにマルロの母だった。驚きに目をまるくさせてユティアを見ている。だいぶ顔色が良くなったような気がした。

「あなた、あの時の――!」

 声につられたのか、店の奥から誰かが出てくる。アンナだった。アンナも驚いた顔をして、ロビンを呼ぶ。そして、いつの間にかユティアは4人に囲まれてしまった。

「ユティア、元気だったか!」

 ロビンが目を輝かせて言った。

「元気よ。今日は少しお別れに来たの」

「お別れ?」

 ロビンがたずねる。ユティアは、ヘルメスとともに旅する話をした。

「私を救ってくれたように、たくさんの人を救いに行くのね」

 マルロの母が、感極まったような顔で言った。アンナも大きくうなずく。

「あなたが助けてくれたから、私はここで働くことができた」

 そう優しく言って、マルロの母はユティアに笑いかけた。たまたま通りかかった際に、ここで働かせてと頼み込んだのだと言う。そして、偶然にユティアとヘルメスのことが話題に出たことで、働くことがきまったそうだ。自分がそんな縁を結ぶことができたなんて、ユティアはほろりと涙がこぼれてしまいそうだった。


 あの時の彼女の様子は、まさにぼろぼろだった。そんな彼女が、こうして笑顔を見せているというだけで、気持ちがあたたかくなる。

「今日は、賢者さまは来ていないの?」

 ふと、尋ねられた。てっきり来ているとばかり思っていたユティアは、店の中を眺め、そして外の様子を見た。ヘルメスは、店の外で待っているようだ。きっと、ユティアの挨拶を待っているのだろう。ヘルメスがあまり表立ちたくないような人であることは、これまでのやり取りで分かっていた。

「ヘルメスは、ちょっと恥ずかしがり屋さんなんです」

 あながち間違ってないだろう。ユティアの言葉を誰も疑うことなく、納得したようにうなずいている。みんなの中でのヘルメスの認識がどんなものなのか、少し気になったが、気にしないことにした。自分がどう思われているのか、ヘルメスが知ったら発狂しそうな気がする。

 ユティアは、思ったようにパンを大量にもらって、ロビンのパン屋を出た。大きなバスケットをもらってしまったユティアを見て、ヘルメスは少し呆れたようにほほ笑んだ。

「2人では食べきれないんじゃないか?」

「そんなことありませんよ。ロビンのパンだからきっと大丈夫です」

 ユティアは思わず言い返した。その時、またぐうぅとお腹の音が鳴る。そんなユティアを見て、微笑みながらヘルメスは言った。

「一緒にパンでも食べるか」

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