第39話 旅
「ユティア、持ち物はちゃんと持った?」
「持ったわ。もう、お母さんたら子ども扱いしないでよね」
「ユティア、本当に行ってしまうのかい」
「マーナおばさんまで!」
ユティアはため息をついた。家の前で、ユティアたち3人は、別れの挨拶をしている途中だった。
「私は大丈夫よ。だって、ヘルメスと一緒なんだもの」
母とマーナは、それでも少し心配そうな顔でユティアを見る。
「いくら賢者さまと一緒って言ったって、かわいい一人娘を旅に出すんですもの。心配になるのも当然でしょう?」
母は、頬に手をやりながら、ため息混じりの声を出した。母の気持ちを思えば、たしかに心配するのも無理はないのかもしれない。
ユティアは、ヘルメスと共に旅に出ることを決めた。世界の各地を回り、困っている人たちを救いたい、というユティアの願いが形になったのだ。
最初ヘルメスにそれを伝えた時は、てっきり反対されるかと思っていたのだが、意外にもあっさりと承諾してくれた。理由を聞くと、ヘルメスも同じことを考えていたのだという。
「お母さんも、体調が良くなったからって、無理をしないこと」
「あら、しばらく体調崩してないでしょう?」
母は得意げに言った。たしかに、ヘルメスの薬のおかげか、母はすっかり体調が良くなっていた。そのおかげで、ユティアはこの村を出るという決意ができたのだ。
「まあ、そうだけど。やっぱり心配なの」
「それはお互い様ね」
そう言って、母はふふふと笑った。
「……お父さんに似てきたわ」
ユティアは思わず胸元のペンダントに触れる。父の残したペンダント。父の血筋について、ユティアが知ったのはつい最近のことである。
まさか自分が王家の血を引いていたなんて、思ってもいなかった。それだけに、今後自分の身の振り方は考えなければいけないな、と思う。
この旅の途中で、ユティアはペンダントを返そうと考えている。もちろん、母には内緒だ。あまりに危険すぎると言われるに違いない。それでも、王家の大切な宝物を自分が持っているのは気が引けた。
——ユティアは、この村出身のただの少女として、生きていくのだ。
「ユティア、この村を出るんだってな」
その時、低い男の声が響いた。はたとそちらを見ると、村長とアマリアがいるのが見えた。
「村長さま、アマリア!」
アマリアは、少し気恥ずかしそうに手を振る。
「あの、長老さまのこと、改めてお悔やみ申し上げます」
長老は、つい先日息を引き取ったという知らせがあった。大往生だと、村長は言っていた。ユティアも埋葬に立ち合ったが、たくさんの村人たちが泣いて、故人を悼んでいたことを思い出す。彼女は、村長としての役割を全うして、逝ったのだ。
「……先日は来てくれてありがとう。きっと母も喜んだと思う」
「いえ、そんな」
「君がこの村からいなくなると思うと、さびしいな」
村長は目を細めていった。
「この村が変わっていくところを、君にも見て欲しかったのだが」
そう、村は変わり始めている。アレスが消えたのち、村は長年やめていた近隣の村や町との交流を再開した。村々の人々の往来もでき、村は少しずつではあるが活気づいてきているのだ。
そして、アマリアは次期村長として、その表に立ち交流を進めている。ユティアは、たまに村長の家に行ってアマリアの相談事を受けることがあった。アマリアには次期村長としての仕事の悩みも尽きなければ、プライベートの悩みも尽きない。アマリアには好きな人ができた。隣村の村長の息子だ。人付き合いが少し不器用なところがあるアマリアだから、好きな人相手だとさらに萎縮してしまうらしい。ユティアは、いつも微笑ましくそれを聞いている。
「ユティア。旅先からきっと手紙出しなさいよ。私、頑張って読んで手紙返すから」
アマリアは、ユティアから読み書きを教わっていたのだ。物覚えがいい生徒で、もう読みはできるようになっていた。
「返されても、どこにいるか分からないわ」
ユティアが言うと、アマリアはぷくっと頬を膨らませる。
「出し続ければ、どこかで届くかもしれないでしょ」
「まあ、そうだけど……」
「私たちにもちゃんと書いてくれよ? アマリアが読んでくれるはずだから、遠慮せずたっぷり書くんだよ!」
マーナが豪快に笑って言った。アマリアは、はぁ?と口答えをしていたが、頼られるのは嫌いではなさそうだった。
「ユティア、お迎えが来たみたい」
その時、アマリアが言った。アマリアの視線の先を見ると、そこにはヘルメスが立っている。まさか、こんな人数が待っているとは思わなかったのか、困惑したような表情をしている。
「ヘルメス! 準備万端です!」
ユティアはヘルメスのもとに駆け寄った。
「賢者さま、ユティアをよろしくお願いします」
母とマーナが口を揃えて言った。ヘルメスは小さく会釈をして、母とマーナに応えた。
「もう、挨拶はいいのか?」
「はい。みんなには手紙を出すって約束もしましたし、大丈夫です」
「そうか。では、行こうか」
ユティアはうなずいた。
「また来るね。またね、みんな」
送りにきてくれたみんなに目を合わせて、ユティアはゆっくりと言った。泣きそうな顔をしているみんなを見ていると、ユティアも鼻の奥がつん、としてくる。
ヘルメスが、ゆっくりと背を向けて歩き出した。ユティアも、名残惜しさを感じながら背を向けて、歩き出した。
「泣いてもいいんだぞ」
みんなから声が聞こえないぐらい離れてから、ヘルメスはぽつんとつぶやいた。
「泣いてません」
ユティアは、目元を拭いながら、そう言い返した。
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