第38話 別れ
気づけば、ユティアの身体はいつもの庭にあった。花が揺れる庭の中央で、悪魔は静かにユティアたちを見ている。
「おぬしの選択は?」
悪魔が口を開いた。
「アレスを、助けて欲しい」
間髪入れずに、ユティアは告げる。
「おぬしの1番大切なものを失っても?」
「構わない」
ユティアの問いを聞き、にやりと、悪魔は笑う。アレスに敵意はない。それを知れただけで、ユティアには十分だった。
「契約成立」
その瞬間、立っていられないほどの風が吹いた。思わず顔をかばう。あまりの風圧に、息もまともにできない。
悪魔は、風が吹きつける中心に涼しい顔で立っている。悪魔が起こした風のようだ。悪魔は、ユティアたちを見てにやりと笑う。
「……アレスの魂をここに」
悪魔の声がして、ぱぁっと辺り一面に光が降り注いだ。先ほどまで吹いていた風が、ぴたりとおさまる。一面に降った光が、悪魔の前に集まって、人の形を作りはじめる。その光は、よろよろとユティアに向かって歩き出した。
「ユティア。僕は君の枷になりたくない」
アレスの声だった。弱々しく、今にも消えてしまいそうな声音をしている。
「アレス……!」
ユティアは思わず駆け寄った。光がユティアの手を取ろうとして、そして諦めたようにうなだれる。
「僕のために力を使うのはやめて」
「でも……」
「僕は、君に会えて幸せだった。暗い箱の中、恨んでばかりだったけれど、君と出会えたことは感謝しているんだ」
光の顔は見えない。それでも、アレスが微笑んだように、ユティアは感じた。
「だからさ、僕は自分の後始末は自分でつけるよ」
光の手が、ユティアの頭に触れる。そして、悪魔の方を振り向いたように感じた。
「——悪魔。僕と契約して。僕の最後の力と引き換えに、君を元の世界に戻す。それが、賢者の石を作り、君を呼び出した僕の務めだ」
悪魔は、くっくっと声をたてて笑った。堪えきれない、というように全身を震わせて、悪魔は笑う。
「まさか、そんなことを言われるとは思わなかったぞ。悪しき錬金術師アレスよ」
ひとしきり笑ったあと、悪魔はヘルメスを見た。
「よいのか、ヘルメス。我を失っても」
「あぁ。お前の顔など、もう見たくない」
「最後までひどいやつだ」
ヘルメスは難しい顔をして、悪魔を見やった。悪魔はアレスに向き直る。
「本当に、それでいいのだな? おぬしは消滅する。もう二度と、この世の者とは会うことはできぬぞ」
「あぁ」
アレスは、力強くうなずいた。
「ユティア、ありがとう」
そして、アリカの意志を継いだ弟子よ、とアレスはヘルメスに言った。
「アレス、本当に行ってしまうの」
「ああ。さよなら」
アレスは、笑っているような、泣いているような顔をしていた。
ざざ、と風が吹き花々が揺れる。その中心で、光は一瞬だけアレスの面影を見せる。そして、光が弾け飛んだ。
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