第22話 ヘルメスの過去
ぎゅっと目をつぶったユティアであったが、目の前にあったのは、いつもと変わらぬヘルメスの家だった。
「帰って……きたのか」
茫然とヘルメスがつぶやく。ユティアもぐったりと、テーブルに突っ伏した。なぜか、どっと疲れたような気がした。
「さっきの、何だったんでしょう」
「きっと、あの男が賢者の石を作って悪魔を呼び出したのだろう」
「結局、成功したのでしょうか?」
「成功したのだろうな。だからこそ、今こいつが目の前にいるってことだ」
「……そうなの?」
ユティアがおそるおそる尋ねると、悪魔はくっくっとおかしそうに笑った。
「そうかもしれないな」
「そうかもしれないって……」
「ユティア、悪魔にまともさを求めるのはやめたほうがいい」
ヘルメスは疲れ切ったように言った。
「こいつに人間の常識は通用しない」
じろりと悪魔を見つめると、悪魔は2人からの視線など気にしていないように、そっぽを向いた。
「でも、気になりませんか? あの後、何があったのか」
ヘルメスは口元に手をあてて、それもそうだな、とつぶやいた。
「あの男は、本当にユティアの知り合いだったのか?」
「……あの過去の記憶が本物であるならば、私の幼馴染のアレスにそっくりでした」
「師匠も、”アレス”と呼んでいたな。ただの偶然には思えん」
「その、アレスなんですが。つい最近、消えてしまったんです」
ユティアの言葉に、ヘルメスは目を丸くした。
「消えてしまったって、どういうことだ?」
ヘルメスに乞われるまま、ユティアは事の顛末をすべて話した。これまでアレスとともに育ってきたこと。アレスの母や、自分の母親に確認をしたところ、アレスという人間などいないと言われてしまったこと。自分以外の皆が、アレスという人間がいたことを忘れてしまっていたこと。そして、ヘルメスであれば何か手がかりを知っているのではないかと、ヘルメスを頼りにここに来たこと。
すべて話し終わると、ヘルメスは難しい顔をして考えこんだ。
「すべて偶然とは思えない。その”アレス”という人物は、何者なんだ」
「私の知るアレスは、特に何かしらの力があるようには見えませんでした」
「……」
ヘルメスは何かを考えるように黙り込んだ。
「我は久方ぶりに力を使ってちと疲れたな」
膠着した場の空気を遮るように、悪魔が言った。そしてふあーあと大きなあくびをする。
「何を言う。私とユティアの魔力を使った癖に」
ヘルメスは悪魔をじろりとにらんだ。
「えっ? そうだったんですか?」
だからいきなり疲れを感じたのか、とユティアは合点がいった。それにしても、勝手に魔力を使うなんて、さすがは悪魔だとユティアは妙に納得してしまう。
「我は1人ではなにもできんからな。我が力を使うには、何かの代償が必要だ。のう、ヘルメス」
そういって、悪魔はユティアと全く同じ顔でにいっと笑った。
「その、アレスとかいう人間も、我の力を使ったのではないか?」
「あなたの力を使ったら、何かができるようになるの?」
「我は、お主ら人間の一番大切なものと引き換えに、何でも1つだけ願いを叶えることができる」
「なんでも……?」
「そうだ。なんでも叶えられるぞ。大金持ちになりたいという願いでも、自分の国が欲しいという願いでも、我に叶えれぬ望みはない。――時を戻すことだってな。その男も、賢者の石を使った後に未来にいきたいとでも願ったのかもしれぬぞ」
「未来に?」
そんなことが可能なのか、と言いかけて口を閉じた。なんでも、と悪魔は言ったのだ。
「ユティア。あまりこいつに関わらないほうがいい。何を考えているのか分かったもんじゃない」
ヘルメスが固い表情で言うと、悪魔は口を尖らせた。
「……ユティア、何か叶えたい願いがあったら我に言うとよいぞ。なんでも、叶えてやろう」
そういって、悪魔はぱちんと泡のように消えてしまった。
「消えた……?」
「あいつはきまぐれだからな。実体がない分、自由に消えたり現れたりができる」
たしかに、最初に会った時に実体がないと言っていたような気がする。
「……悪魔にお願いしてアレスの正体を探す、なんてこともできるんでしょうか」
「できるとは思う。でも、それをするに値することなのか? 悪魔は、君の一番大切なものを奪っていく」
ヘルメスはじっとユティアの瞳を見つめた。
「私の……大切なもの?」
「悪魔に願うのは最終手段にしたほうがいいと私は思う。悪魔に頼らずとも、まだできることはあるだろう。……ユティアの住む村に行ってみようか。そこで、何かアレスの手がかりがつかめるかもしれない。もし彼が魔術を使っていたのなら、痕跡も残っているはずだ」
「そんな、手伝ってくれるんですか?」
驚いてヘルメスに問うと、ヘルメスはきょとんとした表情をした。
「もとよりそのつもりだ。君が困っているなら、少しでも助けたい」
「あ、ありがとうございます!」
「私にできることなど、限りがあるかもしれんが、手助けはするつもりだ」
そう言って、ヘルメスは口を切ってユティアを見つめる。ユティアを見ているような、見ていないような、ユティアを通して誰かを見ているような、そんな遠い目だった。
「……ヘルメス、間違っていたのなら、気にしないでください」
ユティアは思わず口にしてしまっていた。
「あなたは、悪魔に願ったことがありますよね? そして、大切なものを失った。そうでしょう?」
ヘルメスは答えなかった。無表情のまま、ユティアを見つめている。
「……さあ、どうだろうな。ユティア、案内してくれ。行くぞ」
そう言って、ヘルメスは立ち上がった。
ヘルメスの横顔が悲しい色をしていたことを、ユティアは見逃さなかった。
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