第28話 洞窟
ユティアとヘルメスは、村の近くにあるという洞窟へ向かって歩みを進めていた。村で生き、過ごしていたユティア自身であっても、そんな場所があるなんて知らなかった。うっそうと茂った林の中を進みながら、ユティアはここに来ることになった経緯を思う。
*
「アレスが悪しき錬金術師って、どういうことですか?」
「言葉通りさね。わしらこの村の人間は、元々は封印された悪しき錬金術師を世間から隠すための守役だ。……だからこそ、村から出ない、入れないを徹底し、他の村との交流を出来るだけ絶った」
「母さん、それって本当なのか」
村長が焦りの滲んだ声で尋ねる。長老はうなずいた。
「俺でさえ知らなかったんだ。この村に住む誰もが知らないのではないか」
「そうじゃ。この村のほとんどの人間は、なぜ自分らが隔絶されているのか、それを知らずに生き、そして死んだ」
「なんで教えてくれなかったんですか」
ユティアは思わず言った。
今までずっと、この村で生きるだけで、息が詰まるようだった。もし、理由を知っていたのなら、自分の中で納得できたところもあったのかもしれないのに。
長老は寂しそうに笑った。
「もしこの村に悪しき錬金術師が封じられていると聞いたら、皆はどう思うじゃろうな。きっと、この村からほとんどの者がいなくなる。そして、事実を知った者らは噂をするしゃろう。あの村は危険だ、とな。そうなったら、村の者も、村から出た者も、迫害される恐れがある。わしらは、皆に伝えることで起きる混乱と、何も伝えないことで保たれる平穏を、天秤にかけたのじゃ」
しん、と静まりかえった部屋の中に、長老の声だけが響いた。ユティアには、何も言い返すことができなかった。
「私はこの村の人間ではない。もしかしたら、口を挟まないほうがいいのかもしれません。でも、きっと私も他人事ではいられない。……悪しき錬金術師アレスを封印したのは、我が師アリカなのでしょう?」
ヘルメスの言葉に、老女は静かにうなずく。
ユティアはハッとした。悪魔が見せてくれた過去の記憶。その中で、ヘルメスの師匠アリカとアレスは言い争っていた。賢者の石を作りたいと言ったアレスと、それに反対したアリカ。もう一つの過去の記憶の中で、賢者の石を作り上げたのはアレスだけだった。となると、アレスはアリカの制止を聞かず、一人で賢者の石を作り、そして封印されたということだろうか。
「やはり。……師匠が、あなたたちにアレスのことを他言しないよう、言ったのですか?」
「どうじゃろうな。もう昔のことだからよく覚えていない。でも、きっとそうだったんじゃろう。わしらは皆、怖かったんじゃ。皆に伝えた瞬間、わしらに降りかかるだろう恐怖を思うと、それが最善策のように思えた」
そうするしかなかった、とつぶやくように老女は言う。その瞳には、深い悔恨が刻まれていた。どんなに長い間、彼女はこの秘密を抱えていたのだろう、とユティアは思う。秘密を共有する人々が死んでいく中で、彼女はそれでも口を閉じ続けた。その苦しみを考えると、ユティアはこれ以上彼女を糾弾することはできなかった。
「アレスは、なぜ封印されたのですか?」
悪しき錬金術師、とまで言われたのだ。何か理由があったに違いない。ユティアはそれが聞きたかった。ユティアの知るアレスは、人に害をなすような人ではない。
「わしが聞いた限りでは、自分の力を誇示するために、無関係の人々を巻き込んで戦を行おうとしたらしい」
ユティアは息をのんだ。今聞いた言葉が信じられなかった。なぜ、アレスは戦争など起こそうとしたのだ。アレスに直接理由が聞きたい、と強く思った。
「アレスは、どこに封印されているのですか?」
ユティアは言った。アレスの手がかりがあるとすれば、きっとそこに違いない。
「この村の奥深く、洞窟の中だ」
「じゃあ、私をそこに行かせてください」
老女の目を見据える。
「危ないのではないか?」
村長がおろおろと言った。
それでも、ユティアは知りたかった。なぜ、アレスがユティアの元に現れたのか。そして、なぜユティアの前から消えてしまったのか。なぜ、アレスは戦争を起こそうとして、そして封印されてしまったのか。それを知らなければ、いけない気がしていた。
「危なくたって、私は行きます」
「私が共に行こう」
ヘルメスがそう言って、ユティアの肩に手を置いた。はっとしてヘルメスの顔を見る。
「私が、ユティアを守る」
ヘルメスの瞳は、どこまでも真っ直ぐにユティアを見つめていた。その瞳に、勇気づけられれような気持ちになる。ユティアはその瞳を見据えながら、うなずいた。
「お願いです。私とヘルメスを、洞窟に行かせてください」
長老は、ゆっくりと首を縦にふった。
「よかろう。……じゃが、くれぐれも気をつけることだ」
「ありがとうございます!」
長老の気遣いが、ユティアは嬉しかった。
*
目の前には、ぱっくりと開いた洞窟が見える。これまでずっとこの村に住んできたにも関わらず、こんな場所があるなんて知らなかった。
ユティアは思わず息を吐く。緊張しているのだろう。それと同時に、高揚感もある。自分の手で、アレスの手がかりを探すことができるのだ。
「おふたりとも、気をつけて」
アマリアが心配そうな面持ちで言った。
「ここまで案内してくれて、ありがとう」
「私は、案内しただけだし」
ふい、とそっぽを向いてアマリアは言う。
「怪我しないように。何かあったら、私たちに言って。出来るだけ何とかするから」
「本当に、ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」
「いいよ。おばあちゃんを治してくれたの、あんただし」
アマリアはそう言うが、本人が言っていたように、寿命は近い。手放しで喜べるものではないだろう。それでも、アマリアはユティアに笑顔を見せる。今まで見たことのない、ぎこちない笑顔をだった。
「ほんとに、ありがとう。気をつけてね」
「うん。アマリアも、帰り道気をつけて」
アマリアはうなずいた。ユティアは村長の家から借りたカンテラを掲げた。そして、それに火を付ける。
「行ってくるね」
アマリアに手を振って、ユティアとヘルメスは洞窟の中に足を踏み入れた。
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