第27話 悪しき錬金術師
「これを見せられたら、許可をやらないわけにはいかないな」
村長が言った。
「……私は過小評価をしていたようだ」
村長はユティアに向き直る。
「これまで、散々なことをしてしまったな。すまない」
頭を下げた村長を見て、ユティアの口から素っ頓狂な声が出た。
「そ、そんなっ」
ユティアはあわあわと口をぱくぱくすることしかできない。まさか、村長が頭を下げるだなんて――。アマリアも、目を白黒させて村長を見ていた。
「アマリアもだ」
村長は頭を下げながら、アマリアに厳しい口調で言った。それを聞いたアマリアも、慌てて頭を下げる。
「本当に、申し訳ない」
2人に頭を下げられ、ユティアは想像もしていなかったことに声を失った。
「あ、あのっ。頭を上げてください。そんな、頭を下げられるほどのことはしてません」
たしかに、ユティアたち親子は村長によく思われていなかった。よそ者だからと、ろくに相手をしてもらえなかった日々がよみがえる。アマリアにも、無視をされたり、いじめられたりと、散々な目にあったことは記憶に新しい。村の人々は、よそ者だからと、ユティアたちのことを理解しようとせず、爪弾きにしていた。
――それは、ユティアたちとて同じだ。
理解してくれないと嘆くばかりで、自分たちを理解してもらおうとしてこなかった。ユティアたちのことなど、理解してくれるはずがないと、諦めていた。そうしているうちに、お互いの溝はどんどん開いていくばかりだったのだ。
ユティアは唇を噛んだ。
「私も、ごめんなさい」
そう言って、ユティアも頭を下げる。数秒間そのまま頭を下げ、そっと頭をあげる。すると、村長たちはぽかんとした顔をしていた。ユティアはそのまま口を開いた。
「村長さまからすれば、私たち他から来た人たちのことを疎ましく思う気持ちも当然だと思います。どんな人なのか、分からないまま、この村に住み始める。この村を守り続けるために、私たちを敵視してしまうのも、冷静に考えれば分かることです。今回こうして、今日お二人とお話できて、よかった。誤解が解けて嬉しいです」
ごほん、と村長がわざとらしく咳をした。もしかしたら、少し気恥ずかしいのかもしれない。それは、ユティアも同じだった。
「――ともかく、アレスとかいう男の捜索の許可は与えよう。村の人々には、許可を出していると伝えよう。俺が良いと言ったんだ。反対はさせないつもりだ」
「あ、ありがとうございます! これで、アレスの手がかりが見つかるかもしれません」
その時、長老が瞳を開いた。村長とアマリアがはっと心配そうに覗き込む。
「母さん、大丈夫か?」
ううん、とうめき声があがる。長老は、村長の顔とアマリアの顔を交互に見つめた。
「どうしたんだい、そんな顔して」
ぱちぱちと目を瞬かせながら、彼女は言う。それを聞いた2人は、くしゃりと顔を歪ませた。
「もうダメだと思った……! おばあちゃん……!」
アマリアが、涙声で言いながら、彼女に抱きつく。村長も目尻の涙を拭いながら、それを優しい笑みで見つめていた。
ユティアもほっとして息を吐いた。ひとまず、危機は脱したようだ。
親族の間での語らいを微笑ましく見ていたユティアたちだが、長老はひっそりと控えていた2人に目を止めた。まだ起きあがっちゃだめよ、とアマリアに制されるのも構わず、老女はユティアとヘルメスをひたと見つめた。
「おぬしらが、わしを治してくれたのかえ?」
ぎょろりとした瞳が、ユティアたちを捉えている。ユティアは静かにうなずいた。
「そうか。例を言う」
「しばらくは、無理はしないほうがよいです」
ユティアは諭すように言った。『魂の濁り』を晴らしたとはいえ、ずっと寝たきりだったのだ。すぐ体力が戻るとは思えない。老年であればなおさら、体力が戻るのに時間はかかるだろう。
「そうじゃな、と言いたいところではあるが、わしの命が長くないことは自分でもわかる。それまでにできることはしなければならん。先ほど、アレスとか言ったな?」
老女の目がぎらりと光った。
「おぬし、アレスのことを知っておるのか?」
「あなたも、アレスのことを知っているんですか?」
ユティアははやる気持ちを抑えて聞き返した。
「……ああ」
老女はしわがれた声でうなずいた。まさか、ここでアレスを知っている人がいるとは。ユティアはヘルメスと顔を見合わせた。
「おぬしの知っているアレスは、どんな人物だ?」
「アレスは、私の幼馴染でした。いつも朗らかで、優しくて――」
「それはまがい物だろう」
「……まがい物?」
「アレスは、この村の奥深くに封じられている”悪しき錬金術師”さ」
くっくっと、声をあげて老女は笑った。
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