第15話 アッ────!
楽しく二人で授業をサボったまでは良かった。問題は帰る時だ。
俺達は五限目終了のチャイムを絶望的な気持ちで迎えていた。ドン勝した気分なんてそれだけで一気に吹き飛んだ。
「いよいよね」
「だな」
お互い、深い溜め息を吐く。まるで決戦の時を迎えたような緊張感だ。
「とりあえず、友達って事で通すのよね?」
「ああ、それが一番面倒事が起こらないだろ」
「……わかったわ」
紗菜はどこか少しだけ不満そうだった。
友達では不満なのだろうか。きっと、不満なのだろう。
(そんな事言うなら俺だって……)
さっきのキス寸前の映像が脳裏に焼き付いている。
紗菜の大きな青い瞳が目の前にあって、吐息がかかるくらいまで近づいた。
あそこから先は、友達ではしてはいけない行為なのだと思う。
でも、まだ……まだ、早い。そもそも、斎紗菜に関しては、長い間城壁に覆われていたせいで、あまりにも不確定要素が多すぎる。紗菜がいつメン以外、しかも男とつるんでいるという事が発覚した場合、周囲がどう動くのか。俺達に対して危害が加えられるのか、紗菜に言い寄る男が激増するのか、などの周囲の反応が全く予測できないのだ。まずは、友達というところで反応を観測するのが打倒だろう。
それに、注視すべきはあの〝壁〟の連中だけではない。紗菜の隠れファンはむちゃくちゃ多くて、〝壁〟の許可がなくても男が話しかけれるとなったら、彼らはどう動くのか。それらの行動を見極めてから、俺達も立ち振る舞いを決めた方が良いだろう。
俺達は色んな決意をして、少し時間をずらしてからそれぞれの教室に戻った。
教室の引き戸を開いた瞬間、視線が集中した。
俺が紗菜の手を引いて連れ去って、購買で奇声を上げてそのまま紗菜に連れられてどこかに連れていかれていた事(これ冷静に考えて俺めちゃくちゃ危ない奴じゃないか?)はもう知れ渡っている。来るのはなんだ、どんな言葉がくるんだ。そうビクビクしながらも、誰にも視線を合わせずに自分の席に座った。
一応、クラスのグループトークには「友達だから」と返してある。「嘘吐け!」などの返信が多数寄せられていたが、無視を決め込んでいる。それ以上語る事などないのだ。というか語るとボロが出る気しかしない。
「お、おい……薫」
わなわなと肩を震わせて話し掛けてきたのは、親友の和春だった。
「お前、斎紗菜と付き合ってるのかよ?」
「は? いや、だから友達だってさっきもグループLIMEで返しただろ」
「でも、友達なんだろ?」
「そうだけど」
なんだんだ、こいつは。何で斎紗菜と俺の事でここまでこいつが絡んでくるんだ。和春は紗菜には興味がないと思っていたから、意外だった。
「友達って事は、斎紗菜とも遊ぶんだよな?」
「は? そりゃ、まあ……遊ぶ時もあるんじゃないか? 知らないけど」
なんだろう、この違和感。もしかして、実は和春も紗菜のファンだった、とか片思いしてたとかいう話なのだろうか。今まで彼からそういった類の話は聞いた事がなかった。俺が見ている限り、そんな反応を見せた事もなかった。
(あ、でも……)
和春がモテるのに誰とも付き合わなかった理由……もしかして紗菜に片思いしていたからなのだろうか。
そうだとすれば、色々合点がいく。ただ、それは非常に面倒な問題というか……友情か恋愛かを選ばなければいけなくなる。和春は大事な友達なので、そういう色恋で揉めたくはない。
「じゃあ……じゃあ……」
そんな事を考えていた時である。
和春が何かを言おうとしている。絶対に、良くない言葉だ。ちくしょう。紗菜が好きなら最初から教えておいてくれよ。それだったら俺だってもっと別のやり方を──
「薫が斎紗菜と遊ぶようになったら、俺はいつお前と遊べばいいんだよおおおおお!」
和春が涙ながらに叫んだ。
教室の人間の視線が、俺から和春へと移る。
「はい?」
「嫌だぞ、俺は! あんな女に薫の事盗られるのはよ⁉ 昼休みも放課後も下校時も全部盗られるんだろ⁉ そんなの嫌だ! 俺だって薫と遊びたいんだよ!」
「あ、あの、和春サン……?」
なにこの展開。全く予想してなかった方向に話がすっ飛んでいったんだけど。
一気にクラスの連中がひそひそ話をし始めている。
「あのな、わかってんのか⁉ 俺が女と付き合わないのはな、お前と遊びたいからなんだぞ⁉ 女にお前との時間を邪魔されたくないから全部振ってるのに、どうしてお前は俺以外に友達作ろうとするんだよ! しかも女の! なんなんだよ、ふざけんなよ! そんなのあんまりじゃないかよぉ!」
待て、やばい。これはやばい。ただでさえややこしい話がもっと変な方向にいきそうだ。むしろ想定できていた分、紗菜の事で色々質問攻めにあった方がよかったんじゃないかとさえ思う。
ていうか、え? 和春が彼女作らない理由って俺と遊ぶためだったのか⁉ いやいやいや、おかしいから! 全然彼女作ってくれていいから! つか、和春ってそっち系の人だったの? 大混乱だよ!
「なあ、薫ぅ! 女作っても俺の事捨てないでくれよおおお!」
「ま、待て、和春! 俺はお前を捨てたり──」
って待て待て! この言い方は更にまずい。変に誤解される。まるで俺が二股かけてるみたいじゃないか!
「──じゃなくて、俺は別に、斎紗菜と友達になったからってずっと一緒にいるわけじゃねーぞ。それこそゲーム友達程度なんだよ。だから、そんなしょっちゅうずっと一緒にいたりするわけじゃ……」
「ほんとか? でも、今日購買に連れてったって……」
なんで乙女みたいに泣きそうな顔してんだよ、お前は!
「あれは、ほら。あの子、お嬢様だから購買のパン食った事ないって言っててさ、だから、じゃあ一緒に食いにいくかぁって誘ってただけなんだよ。ほんとにそれだけなんだ。今日は俺が今朝飲んだ牛乳で当たっちゃって腹痛くなって、それで購買前で叫んでたんだよ。で、俺はそれで五限を休ませてもらっただけなんだ」
なんで俺は、浮気がバレそうになって必死に言い訳してるダメ男みたいな苦境に立たされているのだ?
全く納得できないぞ。というか、咄嗟とは言え、紗菜と打ち合わせてない話を作ってしまった。あとで共有しとかないと……くそ。めんどくさい。
「ほんとか⁉ ほんとに俺とも遊んでくれるんだよな⁉」
「当たり前だろ? 俺達、友達じゃないか」
「だよな! 俺は薫の事信じていいんだよな⁉」
「お、おお? ま、まあ信じていいと思うけど……」
なんだ、その含みのある言い方は。凄い誤解されそうじゃないか?
俺はもしかして別の問題も同時に抱えてしまったのではないだろうか。そう思った時、六限目のチャイムがなったので、俺への尋問タイムは終了した。結局和春の質問で追われただけだった。
教師が入ってきたとき、和春と目が合うと……和春は、悪戯小僧みたいにニカッと笑ってこちらにウィンクした。
(……なる、ほど)
そこで、俺は彼のBLまがいな質問の意図を悟った。
要するに、彼は身を挺して俺をかばっていたのだ。自分が道化を演じて注目を集める事で、クラスメイトの興味の対象を、『鈴谷薫と斎紗菜との関係』から『鈴谷薫と佐久間和春の怪しい関係』へと移した。結果、彼の計画は見事に成功したのだ。
(全く……あいつもつくづくお節介だな)
そう毒づきながらも、彼の思いやりに感謝するのだった。
その授業中、和春から『今日の帰りアイス奢りな!』とLIMEが届いていた。『了解』と返信すると、『でも、俺の本心も混じってるからな?』と更に返信がきた。
(おい……どれの事だよ)
それを問い返しても、和春から返信は来なかった。俺は結局、一抹の不安を抱える事になったのだった。
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