第22話 もう拾い切れない

「あ、あの……ありがとう、紗菜」


 廊下に出てそう言うと、紗菜は少し顔を赤らめ、ぷいっと背けた。


「べ、別にあなたの為ってわけじゃないわよ。今日と一昨日に関してはあたしが連れ出したも同然だし、昨日だってあたしが教室帰れないって言ったから付き合ってくれてたんでしょ? それなら、あたしだって叱られるべきだって思っただけよ」


 長い金髪の毛先をいじりながら、視線をあちこちに移して言う。なんだこの典型的なツンデレは。可愛すぎかよ。


「でも、助かったよ。帰してくれる気配なかったし」

「別に御礼はいいわよ。それに、放課後に友達を紹介してくれるって言ってたじゃない。そう、その為なのよ! だから、決してあなたの為じゃないわ!」


 あからさまに今思いついたかのような言い訳をしてくる彼女だが、見事に『あたしだって叱られるべきだって思った』と言う理由とは異なる説明をしていて、面白い。

 要するに紗菜は、俺を助けたかったのだ。彼女がそう思ってくれている事には本当に感謝しているし、嬉しく思う。その感謝の気持ちを伝えるべく、そっと手を握ってみると──


「ひあああああああああ⁉」


 大声で手を振り払われ、三角飛びでもする勢いで俺から距離を取った。さすがにその逃げられ方は傷付く。


「あ、あなた何なの⁉ あたしの手を何だと思ってるの⁉ ポチにお手でも躾ける感覚で握ってるわけ⁉ それなら言ってみなさいよ! あたしにお手させて犬みたいにバカにしちゃえばいいじゃない!」


 またポチが出てきたよ。どれだけポチ好きなんだよ。ていうか別にお手する犬をバカにはしないだろう。


「いや、さすがにお手を人に対してやるのは失礼だと思うんだけど……っていうか、さっき俺に寄りかかってずっと手繋いでたじゃん」

「ぐぎゃぼろばれゔえ」


 思い出したのか、また奇声を発してうずくまってしまった。


「……大丈夫か?」

「こ、心の準備ができてないのよ! ちょうどあなたの事を考えてる時に、そのあなたから手を握られたら心臓止まりそうになるに決まってるでしょ⁉」

「それって……今、俺の事考えてたの?」


 確認の意味で訊いてみると、紗菜の動きが止まって、少し沈黙した後、お決まりのごとく顔をまっかっかにした。そして──


「しまったぁぁぁぁぁあ!」


 おもいっきり大声で頭を抱えて叫んでいた。

 ダメだ、一気にポンコツになっている。さっきの職員室にいた聖女様はどこにいった。今幸い廊下に人がいないから良いけど、危うくポンコツっぷりをさらけ出しているところだ。


「ち、違うのよ! その、あなたの事考えてたっていうのは、その、何でこうもいきなり髪の毛引っ張ってきたりあたしに構うのかって、そう、それよ! それを考えていたのよ!」

「は、はあ……」


 その理由はさっき話したと思うのだけれど。寂しそうで見てられなかったって。


「なんであなたがそんな他人事みたいな空返事してるわけ⁉ 喧嘩売ってるの⁉ なら売ってればいいんじゃない⁉ 今日の喧嘩はレディースデーで三割引きになっておりますって、スーパーの店員みたいに押し付けがましく訊いてもないことを宣伝してたらいいんじゃないの⁉ ほら、売りなさいよ! 売っちゃいなさいよ! 三割引きなら買ってあげるからとっとと売っちゃえばいいじゃない!」

「…………」

「売らんのかあああああああい!!」


 売らないよ……。

 一体この斎紗菜を職員室で見せてたら教師達はどう反応するのだろう。そんなどうでもいい事を気にしていた。

 その後教室に着くまで、散々〝俺の事を考えていた〟件について、言い訳を聞かされた。どうして自分で蒸し返して自滅しているのかはさっぱりわからないが、どれもこれも支離滅裂で全く言い訳としてのていを為していなかった。

 ただ、何を言っても怒りそうなので、とりあえずわかったよ、とだけ伝えておいた。そして、同意の気持ちを伝えるべく、もう一度そっと手を握ってみると──


「ひあああああああああ⁉」


 大声で手を振り払い、三角飛びでもする勢いで俺から距離を取った──が、その飛びのいた勢いで掃除用具入れにぶつかった。

 掃除用具入れの扉がちゃんと閉じていなかったのだろう。中からモップが飛び出してきて、それが紗菜の頭にスコーンとクリーンヒットしていた。


「いっ……たぁ!」


 何事かと振り向いた拍子に、今度はしっかりと開いてしまった掃除用具入れの扉に頭をごん、とぶつけていた。


「~~~~!」


 頭を押さえてしゃがみこんでいる。聖女様のせの字もなかった。

 一人でトムとジェリーみたいな事しなくても。


「あの、大丈夫か?」


 もう一人でボケ過ぎていて、全然拾い切れない。これを拾えるやつがいたらツッコミの天才だと思う。

 紗菜は青い瞳に涙を溜めながら、


「もう、さっさと友達紹介しちゃいなさいよ!」


 またわけのわからないところで、ブチギレているのだった。

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