第21話 予期せぬ助っ人

 紗菜と屋上で手を繋いで過ごしたその日の放課後……案の定俺は、担任の佐々木に呼び出されて、サボった事について言及と説教を受けていた。

 職員室の佐々木のデスク前で突っ立って、座りながら説教する佐々木に対して、ただ「はい、すみません」という言葉を繰り返す。体調を崩したと言っても何も聞いてもらえなかった。担任曰く、三日連続で腹を壊すわけがないだろう、との事だ。まさしくそれもその通りで、何も言い返せず、ただただ叱られるしかない。

 今日は放課後に左藤と和春に紗菜を紹介すると言って、二人を待たせているのに……これでは紹介できないではないか。どうしてくれよう。

 ちなみに紗菜の姿は職員室にはない。幼等部からのエスカレーター組はサボっても御咎めなしとの事らしい。納得できないながらも、これがこの聖ヨゼフ学園の理なのだから仕方ない。社会とはきっとこんな理不尽で溢れていて、金がある奴が有利に生きれる世の中なのだ。その事を一〇代のうちで学べたのは大きい。

 と、そんな事を考えながら教師の説教を聞き流していると、がらっと職員室の引き戸が開いた。そちらを見てみると、そこにいたのは……斎紗菜だった。


(うわぁ……紗菜に叱られてるとこは見られたくないなぁ)


 そう思って、俺はすっと視線を教師の顔より少し上のおでこの皺に移した。皺の本数を数えてこの苦行を乗り切るしかないと判断したのだ。


(紗菜に見つかりませんように見つかりませんように見つかりませんように)


 どう考えても突っ立たされて叱られている光景は目立つので見つかってしまうのだけど、何とか一雫の望みにかけてそう祈る。

 しかし、そんな俺の祈りなど無視するように、紗菜がツカツカと歩いてきて、俺の横に並ぶようにして立った。どうやらここに来るのが目的なようだった。きっと後でさぞかしいじられるのだろう。もうどうにでもなれだ。


「……どうした、斎? 篠田先生は部活に出ていてここにはいないぞ」


 怪訝そうに首を傾げて、佐々木が紗菜に言った。篠田先生とは、B組──すなわち、紗菜と左藤のクラスの担任だ。


「いえ、篠田先生ではなく、佐々木先生に用事があってきました」


 紗菜はきりっとした優等生っぽい表情のまま言った。すごい、俺の前で見せるポンコツっぷりが全くない。これが聖ヨゼフ学園始まって以来の美少女にして聖女様こと斎紗菜の本領発揮と言ったところなのだろうか。


「俺に? どうした? 授業でどこかわからないところでもあるのか?」

「いいえ、今薫く……鈴谷くんが叱られている事に関してです」


 言い直してるけど、完全に俺の名前言い切ったぞ、お前。

 どういうつもりだろうか。まさか俺の事を更に悪者に仕立てようっていうつもりじゃないだろうな?

 さすがに追い討ちはやめてほしい。昨日拐われて授業を休まされたとかこのタイミングで言われたら停学処分になってしまう可能性すらある。


「どういうことだ?」

「鈴谷くんに授業をサボらせてしまったのは、あたしなんです」

「なにぃ?」


 佐々木が更に怪訝そうな顔をして俺を見る。

 おい、紗菜。どういうつもりだ。打ち合わせにない事はやめてくれ。展開が読めない。


「あたし、気分が悪くなってしまって、それで鈴谷くんに付き添ってもらっていたのですけども、具合が治らず本鈴が鳴ってしまって……そのままあたしの傍で付き添ってくれていたんです。なので、もし鈴谷くんがその理由で叱られているのだとしたら、あたしも一緒に叱られるべきだと思いました」


 紗菜はこちらを横目で見て、少しだけ口角を上げて目を細めた。

 おい、まじかよ紗菜。お前俺の為にそんな事してくれるのか。めちゃくちゃ良い奴じゃないか。泣いちゃいそうだぞ。


「ぐ……そうだったのか。斎のためだったのか。おい、鈴谷! そういう事なら最初からそう言わんか!」


 何故か俺にキレる佐々木。仮にそう言っていたとしても信じないくせに、よく言う。これだから大人って奴は嫌なんだ。


「そういう事なら今回の件は不問にする。ただし、授業はサボるんじゃない。具合が悪かったらちゃんと保健室に行って休むんだぞ」

「はい、先生」


 紗菜がにっこりと聖女様スマイルを佐々木に見せた。

 佐々木は頭を掻いたままデスクの方を資料に目を向けて「もう帰っていいぞ」と手で仕草する。聖女様スマイルならば教師もイチコロらしい。


「ほら、もういいって。行きましょ、薫くん」

「あ、ああ……」


 おいおいおいおい、なんだこれ。幼等部エスカレーター組の無双っぷりが凄まじ過ぎるだろ。

 まるで異世界に転生したら大した設定の記述もないままチートスキルを授けられて無双しまくってハーレムかますだけのクソラノベみたいな展開だ。これはずるい、ずる過ぎる。そんなハーレムチートラノベに救いを求めるしかないような四〇歳以上を読者層としてターゲティングしているようなクソラノベと同じ展開がこの世に存在するなんて、俺は認めない!

 ラブコメだって同じで、物事にはちゃんと原因と結果、そして過程があるわけで、そういう描写が大切なわけで、せめてその因果関係や理由付けがどこかしら匂わせるような記述を入れるべきなのであって、なんでもかんでもご都合主義で乗り切れるとか、飲み物こぼしたのを掃除してあげただけで女の子が簡単に好きになってくれるとか、何も努力してないのに美味しい展開ばっかり起きて周りに女の子がたくさんいてただ息してるだけで好かれるとかずるいって思ったりとかは全然してなくて、しかもそんな有り得ないものがウケるだなんて、絶対に認めないからな! 絶対だぞ!


「……何怒ってるの?」

「こっちは決死の覚悟で屋上のフェンス登って死にそうになったりぼっちになる覚悟で突撃したり色々してるのになぁって思ってさ……」

「はあ?」

「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」


 紗菜は不思議そうに首を傾げて、職員室の引き戸を開けていた。

 俺、結構頑張ってると思うんだけどなぁ……頑張ってない?

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