第16話 イケメン男子とショタ男子とモブ男子
昨日の俺の暴走によって騒動になってしまったが、A組の中では割と落ち着いていた。和春の気遣いによって、俺の斎紗菜連れ去り事件はうちのクラスでの被害は浅くて済んだ(のか?)と考えるべきだろう。しかし、クラスを一歩出れば後ろ指を差されてこそこそ色々言われており、A組の中では俺と和春の『アッ――――!』説が飛び出していて、これまた別の意味で被害が出てしまっている。
ただ、それは半分ネタみたいなもので、A組の教室ではそれほど居心地は悪くない。和春自体が「俺らラブラブだから! 邪魔すんなよ!」と言ってみんなを笑わせてくれていることもあるだろう。笑いに変えてくれる和春がいる事で、俺は救われていた。
一部のクラスの腐女子には良いネタになっているようだが、よく知りもしない連中にとやかく言われるよりは、クラスでからかわれている方がマシだった。
って、まて、これだと俺、まんまと和春ルートに進められてないか? 絆されてないか? いや、俺はノンケだから!
誰に言い訳しているのかわからないが、ノンケだ。ノンケなのだ。『アッ――――!』なんて、そんな事は断じてあってはならない。
と、まぁそれは置いておいて、ちょっと最近あまりにも考えなしで行動する事が多すぎる気がする。昨日も一昨日も衝動的に動いてしまったが為、大変な目に遭っているわけで……今後はもうちょっと考えてから行動した方が良いのかもしれない。
ちなみに紗菜の方だが、夜にLIMEで『大丈夫だった?』って訊いてみたところ、『大丈夫よ』と一言返ってきただけだ。
いつもならそこから何か憎まれ口の一つでも言いそうなものだが、今回はそれ一言だけで済んだのが、少し違和感を覚えた。
「お昼、一緒に食べていいかな?」
昼休み、珍しく左藤明日太がA組にきた。
多分俺が昨日誘ったからだろう。彼としても、B組には居場所がないようなので、俺達といる方が楽なのかもしれない。
「お、明日太! 久しぶりじゃねーか! いいぜいいぜー! どこいく?」
和春も嬉しそうに左藤の肩をがしっと組んでいる。左藤は「痛いよ」などと言っているが、少し顔が赤い。あれ? もしかして、こっちもこっちで『アッ――――!』が出来つつあるのか? むしろイケメン爽やか男子とショタ男子の方が傍から見ていても良いのではないだろうか。早速クラスの腐女子どもが左藤と和春の絡みに鼻息を荒くしていて、
「佐久間くんを巡って左藤くんと鈴谷くんで修羅場展開……アリです!」
などと言っている。
おい、待てこらそこの腐女子。なに勝手に話を膨らませてるんだ──という事は置いといて、正直、俺としても左藤の登場は助かった。このクラスで俺と和春だけでいると、好奇の目にさらされるというか、こう、何かを期待されている感覚になるのだ。
期待しても何も起こらないからな……絶対に起こらないからな!
そんな中に左藤が入ると、そうした好奇の目もやわらぐ。いや、別の意味で変な展開を期待されてそうだけども。
何となく教室の中で飯を食うのも嫌だったので、中庭での食事を提案した。中庭では、木の下の木陰を陣取り、それぞれが昼食を取る。俺は購買で買ったパン、左藤と和春は弁当だった。
こうして左藤や和春と一緒にご飯を食べるのは、二年になってからは初めてだ。一年の頃はこの三人で過ごしていた事がほとんどだったので、少し懐かしい。左藤とは二年になってからクラスが別になり、B組の新しい友達との関係性を優先させた方がいいのではないか、という配慮もあって、一緒に過ごさなくなっていたのだ。
ただ、左藤がクラスに溶け込むのに失敗したのなら、それはそれで俺達と過ごせばいいわけで。むしろ、こうして三人で過ごせる事を俺は喜んでいた。
「それにしても、昨日もすごかったよね~」
飯を食べ始めた頃、左藤が俺を見て言った。
「何がだよ」
「鈴谷くんが斎さんを誘拐していった件」
ですよね、その話以外ありませんよね。
「おー、それそれ。俺もなんだかんだではぐらされてばっかだけど、教えろよ」
「嫌だよ」
「とりあえず明日太、昨日昼休み何があったんだ? 詳しく教えてくれ」
和春が俺を無視して左藤に訊いた。俺はこの話題嫌なんだけど……。
「僕に図解を返しに来て、そのまま鈴谷くんが斎さんのところまで行って、斎さんを『紗菜』って呼んで手を取って、そのまま教室の外まで引っ張り出していったよ」
「うえ⁉ じゃあ本当に連れ去ってたんじゃねーか!」
「その後は手を繋いだまま廊下を歩いていったけど……僕、あまりの展開についていけずにただ茫然としてたよ」
こうして客観的に起こった事だけを伝えられると、明らかに俺、行動がぶっ飛び過ぎている。茫然とする左藤の気持ちもよくわかった。
「おいおいおい、薫、まじかよ! じゃあやっぱ斎紗菜と付き合ってんの?」
「なわけないだろ! アホか!」
確かに、事の顛末だけ話せば、その通りだ。
でも、でもだ! そこの行動にいくには俺にもかなりの葛藤があって、紗菜の見えない苦しみがあって、〝壁〟があってだな……しかし、こんな話を今ここでしていいのかわからないので、俺は口を塞ぐしかない。
「じゃあ、その後お前が購買の前で奇声あげてたってのは?」
「ぐ……それは、だな。自分のしてしまった過ちを認識してしまって」
本当に、後悔しかない。
でも、紗菜が爽快だと言ってくれたので……やった甲斐があったとは思っている。が、その代償として俺はこの学園生活において重大な問題を抱えてしまったと言っても過言ではない。
「いやいや、お前なぁ、さっきから言ってる事とやってる事がちぐはぐだぞ。何がやりたかったんだよ」
和春のツッコミが俺の胸を抉る。何がやりたかったのかなど、俺が一番よくわかっていないのだ。
でも、多分あの時の俺は紗菜が不憫に思えて、〝壁〟が許せなかったのだ。小学校からずっとあんな鳥かごの中に入れられていた紗菜を助けたかった、というのが俺の本音なのだろう。言わないけど。
「で、そのあと授業サボって何してたんだよ」
「斎さんも授業出てなかったよね」
「うぐ……」
「何してたんだ? 俺に助けられたお前には話す義務があるはずだぜ!」
左藤と和春の追撃が俺を襲う。
くそ、和春め。昨日アイス奢らずに俺が逃げた事を根に持ってやがるな。アイスというよりそこから和春に尋問される事から逃げたのだけども。
「……ゲームしてた」
「は?」
「授業サボってPIBGしてたんだよ! ペアモードでドン勝したんだよ! 言っとくけど本当だからな! 戦歴見せてやるよ!」
俺はPIBGのアプリを開いて、SA:NA(紗菜のPIBGでのニックネーム)とのペアモードでのドン勝した戦歴を見せた。プレイ時刻も記載してあるので、アリバイにはなるはずだ。
それを見た二人は、呆れたような視線をこちらに向けてきた。
「……ゲームしたかったくらいであんな誘拐劇を繰り広げたの?」
左藤が呆れ顔で若干引いている。おい、引くなよ。
「そうじゃない。購買のパンを食わせてやりたかっただけだ」
「購買で叫んでたのに? そこからどうしてゲームになるの?」
ぐう……そうなんだよ。もう、俺も自分の行動が謎過ぎて何もフォローできない。何がしたかったんだよ、俺は。
「でも、そんな事したらあれじゃね? B組の方も大変だったろ。斎紗菜への尋問の嵐じゃないのか?」
和春が左藤に訊いた。
「いや、実は、それがね……ちょっと意外な展開になって」
「ん? どうしたんだ?」
──誰も斎さんに話し掛けなくなったんだ。
左藤はそう言った。
昨日連れ去らった後は騒然としたらしいが、紗菜が教室に帰ってからは、誰も紗菜に話し掛けなくなったそうなのだ。
「え、あの取り巻きの連中は?」
「それが、あの子達が斎さんを無視し始めて……そこからクラスの他の子達も空気読んで、斎さんに話し掛けれないみたいで」
もしかしたら何か通達があったのかもしれないけど、と左藤は付け足した。
そういう方向に行ったか、と状況を察して嘆息した。
俺が〝壁〟をぶち壊して、その〝壁〟はどう出るかと思っていたが、彼女達は今度は壁という役割を捨てたのである。それも、完全に。一気に。
この聖ヨゼフ学園では、エスカレーター組の権力は思った以上に大きい。エスカレーター組から嫌われれば、この学園でのQOL(クオリティオブライフ)はかなり下がる。あの〝壁〟は小等部からのエスカレーター組なそうなので、それが四人も集まれば、結構な権力を持つ事になる。
要するに、〝壁〟からB組のクラスメイト達に何らかの圧力がかかったのだ。もしかすると、他のクラスのエスカレーター組にも何らかの通達が行き渡っているのかもしれない。全ては紗菜を孤立させるために。昨日の紗菜のLIMEの返信『大丈夫よ』は、全く大丈夫じゃなかったという事になる。
「すまん、俺には全く話が見えないんだが」
和春がこちらを見て訊いてくる。
ここまで状態が一変したのなら、先に〝壁〟について話しておいた方が良いのかもしれない。俺はそう判断して、紗菜を取り巻く環境について二人に教える事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます