第17話 学園の聖女様が氷の令嬢と化している

 それから俺は紗菜の置かれていた状況を和春と左藤に教えた。事情をわかった二人は『あまりに斎さんが可哀想だ』と憤慨し、俺が暴挙に出た理由も理解してくれた。良い友達を持ったものだ。

 勝手に話してしまった事には紗菜に対して申し訳ないと思いつつも、状況は変わってしまったのであるなら、もう話しても良いだろう。

 そして、俺は彼らにこう提案した。


 ──紗菜が嫌がらなければの話だけど、俺達の輪の中に加えてやってくれないだろうか?


 紗菜がエスカレーター組の中から弾き出されてしまうのであれば、逃げ場は外部生の方しかない。

 俺達に女の子の友達がいないのが申し訳ないところではあるが、一人でいるよりはマシなのではないかと思うのだ。もしも彼女への〝当たり〟が強くなっても、俺達がいれば助けてやれるかもしれない。それに、和春の力は外部生の中では圧倒的だ。彼のコミュニケーション能力の高さや人気から、影響力も大きい。

 そう思って提案してみたところ、二人の返答は「もちろんOK」との事だった。本当に良い奴らだ。俺達の指針は決まった。後は紗菜をどう誘うかだ。

 昼休みも残り少なくなってきたので、教室に戻るついでに、B組を覗いてみた。

 窓際の席に、彼女は一人でいた。自分の机で、イヤホンを耳に突っ込んで、アンニュイな表情で窓の外を座って眺めている。


「お、ほんとに斎さん一人だ。お前、話し掛けに行ってみろよ」


 そんな声が横から聞こえた。C組の外部生の男子三人組だ。名前は知らない。〝壁〟がいないのであれば話し掛けても良いのではないか、という事だろう。当然、彼女から壁が除去されれば、こういった連中も出てくる。

 ただ、この状況で一つわかった事もある。斎紗菜シカト計画はエスカレーター組には届いているようだが、外部生には行き届いていないようだ。俺も和春も、同じクラスの左藤すら知らなかったのだから、間違いないだろう。

 三人組のうちの一人が肘でつつかれ、意を決したのだろう。男は紗菜に話し掛けにいった。C組の外部生が、紗菜の席まで行って、何かを話している。しかし紗菜は、ちらっと横目でその姿だけ確認したが、また視線を窓の外に戻した。完全なシカトである。会話すらしない。

 声をかけた男子は肩を落として廊下まで戻ってきて、二人に慰められていた。


「うっわ、見向きすらしなかったぜ、今。斎紗菜、思ったより性格きついんだなぁ。さすが聖ヨゼフ学園の聖女……もともと高嶺の花ではあったけど、こりゃ断崖絶壁に割く花だな」

「あれは、心折れるね……」


 その光景を見ていた和春と左藤が口々にそう言った。

 確かに、こうして傍から見ていると、酷い。個体として認知すらしていない。和春と左藤の感想も、よくわかる。


(でも、違うんだろうな)


 何となくだが、俺はそう思った。

 紗菜は、きっと声を掛けてくる奴らが、エスカレーター組からターゲティングされないように、敢えて無視しているのではないだろうか。エスカレーター組から自分がシカトされている事は言わずもがな気付いているはずだ。おそらく、この状況で紗菜に味方をすれば、一気に自分も紗菜と同じ状況に陥る可能性がある。いや、彼女は幼等部からのエスカレーター組であるが故、ある意味学校側から厚く保護されているから、今のようなシカトだけで済んでいるのかもしれない。それがない他の生徒の場合では、もっとひどい虐めに発展するかもしれないのだ。

 もしかすると俺が紗菜を美化し過ぎているだけかもしれない。本当に声を掛けてくる連中がうざったかったのかもしれない。でも、紗菜は……俺の知っている斎紗菜は、そんな風に無碍に人を無視する女ではないと思うのだ。

 彼女は今も、アンニュイな表情で、窓の外を見ている。

 笑えば、あんなに可愛いのに。本当はもっと面白くて、明るい人間なのに。俺が面白いって言うような子だから、きっと和春や左藤とも気が合うはずなのに。


(ほんとに、嫌になるな)


 心の中でそう独り言ちた。

 紗菜と過ごす時間が、自分の中でどんどん特別になっていて、居心地が良いものだというのを自覚していっているようで、気に入らない。これじゃあまるで、本当に……好きになったみたいじゃないか。いや、もうこれゾッコンだ。バカだ。

 昨日のキスする寸前だった時の事を思い出すと、それだけで胸が張り裂けそうになる。彼女のアクアブルーの瞳が目前にあって、唇が触れ合いそうになったのを思い出すだけで──


「ぶどろぐゔぇどぅぉー」


 奇声を発してしまう。

 なんでだ、俺。どうしてこんな体になってしまったんだ。絶対に紗菜の奇声ウイルスか何かに身体が侵蝕されている気がする。


「うわ! だ、大丈夫か薫! なんか今すんげえ声してたけど⁉」

「どうしたの⁉ 購買のパンで当たった⁉ 保健室いく⁉」


 左藤と和春に本気で心配されてしまった。

 いや、まあ心配するだろう、そりゃ。ゲロ吐いてる音の方がまだ綺麗だ。


「大丈夫……気にするな。感情の慟哭だ」

「はあ? お前、何言ってんだよ?」


 自分でも何を言っているのかわからないので、どうか突っ込まないで欲しい。とりあえず落ち着こう。


「ひっひっふー、ひっひっふー……」

「なんでラマーズ法なの?」


 ラマーズ法で気持ちを整えていると、左藤がやや引き気味で突っ込んでいた。

 いや、これ本当に落ち着くんだって。食い過ぎの時とかに気持ち悪くなってるときに試すと若干楽になる。試してみてくれ。

 ラマーズ法により落ち着きを取り戻した俺は、もう一度B組の中を眺める。

 そこには、先ほどと変わらず、ぼんやりと外の景色を見ているだけの紗菜がいた。その光景を見ていると、どうしても我慢できなくなって……俺はまた、彼女に向かって歩を進めていた。

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