第18話 「汚物は消毒だああああ!」

「あ、おい、薫……」

「和春くん、いいから」


 和春が俺の事を呼び止めようとしたが、左藤がそんな彼の手を掴んで、にこりと制止する。

 ああ、きっと左藤は見抜いているのだ。俺が昨日暴走した時と同じモードに入ってしまったという事を……すなわち、後先何も考えていないアホアホモードになってしまった事を!

 そう、俺は今や自分を制御できない。きっとまた面倒な事になるというのがわかっていながら、また暴走する。紗菜の後姿がとても寂しげで、見ていられなくなってしまったから。

 つかつかとB組の中を歩いていく。俺が現れた事で、B組の連中はびくりとしていた。完全に危険人物扱いだ。元〝壁〟の女子連中も俺と目が合うと「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げて道を開けていた。

 おい、さすがにそれは失礼だろう。人を変質者みたいに……などと思いつつも、彼女達からしたら俺は、力だけで全てを破壊するような暴漢に見えているのだろう。

 きっと昨日、彼女達は自分達が根城にしていた貴族の館を、ケダモノに襲われ全てを蹂躙されたかの気分を味わったのかもしれない。彼女達からすれば、貴族のルールや常識が通じない蛮族……それこそが俺なのである。

 そんなケダモノこと俺・鈴谷薫は、B組のエスカレーター組の連中の視線などものともせず、紗菜の後ろに立つ。彼女は相変わらずイヤホンをつけたまま外を眺めているので、俺の存在には気付いていない。油断しまくりだ。


(ああ、なんだろうこのゾクゾクする感じ……楽しくなってきたぁぁぁぁぁ!)


 綺麗に整えられた彼女のツーサイドアップの髪束に、気付かれないようにそっと両の手を伸ばして──がばっと掴み、同時に左右にびよんと引っ張る。

 びよん!


「はっっ⁉」


 紗菜が驚いて頭を押さえて振り向いた。

 犯人が俺とわかるやいなや、「なに──」と口を動かしたが、はっとして周囲を見る。そう、ここで怒号を上げようものなら、きっとはしたない姿を見られて聖女様のイメージは完全に壊れる。


「……ちょっと来なさい」


 彼女は叫ぶのをすんでのところで我慢すると、俺の手を取って、そのままずるずると引っ張って教室の外に出た。昨日とは立場が逆だった。俺の奇行っぷりにもはや和春と左藤は目を点にしている。そんな友達二人を横目に、俺は聖女様に引っ張られていった。

 ずるずるずる……やっぱり俺たちは相当目立ってしまっているのか、色んな人に見られている。何度か紗菜に謝ってみたが、聞く耳を持ってくれない。

 初対面の時のように屋上まで引っ張っていって、屋上に誰もいないとわかると、紗菜は──


「なにすんじゃあああああああごるああああああ!」


 唾を飛沫のように飛ばしながら怒鳴った。

 すげえ、よくそんなに長い間ブレスもしないで叫べるもんだ。この聖女様は肺活量もすさまじい。


「いや、ごめんごめん。呼び掛けても気付かれなかったもんで」

「うそつけえええ! 人に呼ばれたら反応できるように音は小さめにしてたのよ! 呼びかけられたら気付くに決まってるでしょ⁉」


 ほら、やっぱり。彼女は完全に周囲を遮断していたわけではないのだ。

 ちゃんと話し掛けられたらそれに応えられるようにしていて、無視した方が良いと思った人間には敢えて無視して接している。本当に遮断したかったのならば、それこそ爆音にしてしまえばいいのだから。


「なぁんで嬉しそうにニヤニヤしてんのよ!」

「いや、ちょっとこっちの想像通りだったもんで」

「何が想像通りよ! あなた何なの⁉ 何がしたいの⁉ あたしの事バカにしてんの⁉」

「いや、全然そんな事ないぞ。なんだか黄昏てるからちょっとちょっかいだしたくなって」

「ちょっとちょっかい出す程度でいきなり髪の毛引っ張る奴があるかぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ごめんって。とりあえず『ごるぁ!』はやめたほうがいいぞ。明らかに見掛けとミスマッチ過ぎて普通の人が聞いたら引くから」

「あんたが言わせてんじゃないのよ!」

「そうなの?」

「うがああああああああああああ!」


 顔を真っ赤にしてぶち切れている。

 そうそうこれこれ。この時間なんだよ、俺が好きなのは。紗菜とこうしてバカを言い合ってられるこの時間が好きなのだ。彼女がこの時間を好きかどうかまではわからないけれど。

 彼女はそこまで叫ぶと、肩でぜえぜえと息をしている。


「落ち着いた?」

「くっ……あなたに宥められると死ぬほどムカついてくるわ……」


 それは、なんだか申し訳なくなってくる。


「なんであたしがこんな目に遭ってるのよ……そもそもなんでこんな奴をあたしが……」


 背を向けてなんだかぶつぶつ言っている。


「は? なんだって?」

「なんでもないわよ! 死ね!」


 紗菜に死ねと言われてしまった。それはちょっと悲しい。

 でも、彼女にそう言われたのならば仕方ない。そう思って、俺は無言で屋上のフェンスを登り始めた。


「あーっもう、嘘よ! ほんとに死なれたら困るからいちいちフェンスに登らないで!」


 紗菜が俺の制服の裾を引っ張って、制止させようとする。許されたのでフェンスから降りると、彼女は呆れたように大きな溜め息を吐いた。


「で、何の用よ」

「え?」

「なんか用があったからあんな事したんでしょ?」

「いや、別に……特に用っていう用はないんだけど」

「用もないのに髪の毛引っ張ったの?」

「うん」

「くっ……だから何であたしはこんな奴を……」


 なんだかまた後ろを向いてぶつぶつ言っている。


「なんだって?」

「ああもうっ! なんでこんな奴に話し掛けられるのを待つ為に居たくもない教室でずっと音楽聴いてるふりしてたんだろうって思ったらバカバカしくなっただけよ!」

「え?」


 という事は……イヤホンの音を出してなくてしかも教室にいたのは、俺を待つ為だった、ってことなのか?


「えっと……もしかして、俺から話し掛けられるの待ってた?」

「はっっ!」


 紗菜は、しまった、と口を両手で押えるが、もう遅い。割と大きめの声だったので一字一句聞き逃さなかった。

 無言で見つめ合う俺達。どんどん顔が赤くなっていく紗菜。更に無言で見つめ合っていると……


「そーよ! あなたに話しかけてもらいたくて、音楽も掛けずに音もしてないイヤホン耳に突っ込んでバカみたいに呆けたふりして待ってたのよ! お昼ご飯も食べないでね! それで他クラスの男子に話し掛けられる度にあなたじゃないかって期待して振り向いたらどこの馬の骨かもしらないモブ男子ばっかりでがっかりしてたのよ! トイレに行く度に廊下であなたに声を掛けられるんじゃないかって期待しながらドキドキして歩いてたわけ! ええ、そうね! おまけにわざわざA組の前を通る時だけゆっくり歩いたりしてたわよ! 悪い⁉ 悪いでしょ⁉ 極悪人でしょ⁉ さっさとつるし上げて絞首刑でも火あぶりでも何でもすればいいんじゃない⁉ ほら、さっさと煮るなり焼くなりして殺しなさいよ! M一/M二火炎放射器でも持ち出して『汚物は消毒だああああ!』って殺しちゃいなさいよ!」


 何故かいきなり逆ギレして自爆しまくっている!

 何と返せばいいかわからず、とりあえず黙っていると……


「汚物は消毒だあああああああああああ!」


 まさかの自分で叫んだ!

 だめだ、もう完全に紗菜が壊れている。さすがにここまでくると俺もどうすればいいのかわからない。


「あ……えっと、その、声かけるの遅くなって、ごめん、な?」

「はっっ!」


 紗菜はもう一度口を両手で押えるが、手遅れ中の手遅れである。なんだったらもう第三次世界大戦で核戦争が勃発してしまったくらいに手遅れだ。

 紗菜はゆでだこがゆですぎて硬くなってしまうんじゃないかというくらいまっかっかになっていた。


「な、何を心の中の自分ですら認めたくないような気持ちまで全部大声で報告してるんだあたしはああああああ!!」


 また叫んだ!


「うがああああああああああああああ!」


 そしてのたうちまわり始めた!

 あーあー、もう地面を転がり回るから制服が汚れてるじゃないか。



「と、とりあえず落ち着けって。な?」


 彼女の肩を掴んで、暴れるのをやめさせようと試みるが……


「ひあああああ⁉ 今触った! 触ったわね⁉ 妊娠したらどうすんのよ! あたしキスもまだなのよ⁉ あなたその年で責任取れるわけ⁉」

「いやいや、触ったくらいで妊娠しないから……」


 聖ヨゼフ学園の性教育はどうなってんだ? まさか清く正しく生きていればマリア様みたいに処女懐胎するって学生に教えてるわけじゃないだろうな?

 紗菜が落ち着くまで宥めていると、結局今日も五限目の本鈴がなってしまって、サボる事になってしまった。さすがに三日連チャンでサボりはそろそろ怒られるかもしれないなぁ。


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【電子書籍化のお知らせ】

いつもお読みいただきありがとうございます。

この度、『金髪の聖女様が俺の前でだけ奇声を発するんだがどうすればいい?』を電子書籍化致しました。


https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/16816452218871306172


電子書籍の先行完結となっております。

また、TwitterではCV付きで紗菜ちゃんの音声なども公開していく所存!(この18話の『汚物は消毒だああああ!』に続く長い台詞も読んで頂きますw)


近況ノートやTwitterもチェックしてやって下さいね!


それでは、今後も『金髪の聖女様が俺の前でだけ奇声を発するんだがどうすればいい?』を宜しくお願い致します。

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