第19話 「うん……嫌じゃない」
「……忘れてください」
正気に戻った紗菜は、うなだれるようにしてそう言った。
一昨日と同じように、自販機の横で体育座りをして膝に顔を埋めている。俺はその横に並んで座っていた。
一昨日と違うのは、三人分距離が空いていない事。昨日の校舎裏と同じく、ほぼほぼ横に並んで座っているという事くらいだ。
「いや、あれだけの衝撃的な発言と奇声はそう忘れられるものじゃないんだけど」
「くっ……またそうやってあたしを辱めて……あなた、自分が思ってるよりずっと鬼畜なんだからね⁉」
「あれは紗菜の自爆なような気がする。ともかく、話しかけるの遅くなってごめんな」
「……っ!」
顔を赤くしてまた俯いてしまった。
だめだ、つい面白くてからかってしまう。これもやりすぎるとよくないんだよな、きっと。暴走している紗菜も見ていて楽しいけども、暴走しすぎて自爆までしてしまうと、ちょっと色々見ていて可哀想になる。こんな風に萎れてしまうし。こうして彼女は今も恥辱に耐えているわけで。
(俺の事、ほんとに好き、なのかな)
さっきの自爆からは、とりあえずはそういう風に聞こえた。
ただ、俺達はまだ出会って三日目なわけで。彼女自身、さっき『自分でも認めたくない気持ち』と言っていたし、まだ付き合うとか付き合わないとか、そういう次元ではないのかもしれない。紗菜と付き合えたら、それはきっと毎日楽しくて、こうして笑い合えるのだろうけど。
「あ、そういえば、聞きたい事あるんだけど」
「なによ」
アクアブルーの目だけ覗かせて、こちらをちらりと見て来る。可愛い。
「その、B組での事だけど……ハブられてんの?」
それを訊くと、紗菜は視線を地面へと移した。表情が暗い。やっぱり予想通りのようだった。
「見ればわかるでしょ」
「まあ……俺のせいだよな。ごめん」
彼女は首を振った。いや、違わない。俺が鳥かごを壊してしまったからだ。
「昨日、あれから教室に戻ったら今みたいな状態だったのよ。それ以降は誰とも何も話してないわ」
「そっか」
俺のした事は正しかったのだろうか。あの時は正しいと思っていたけれど、今の彼女を見ていると、それに自信がなくなってくる。
「あなたが悪いとは思ってないのよ、本当に。そこは勘違いしないで」
「でも……」
「念願のぼっちで、あいつらに気を遣わなくていいし、せいせいしてるのよ。誰とも話さなくていい休み時間も、昼休みも、穏やかでとっても素敵だわ」
それが強がりだと言うのは、さっきの昼休みの彼女を見ていてわかった。
寂しそうな背中をして、寂しそうに窓の外を眺めていて……そして、俺から声を掛けられるのを待っていた。本来の気丈な彼女とは、全く違う姿だった。
「でも、いざ一人になったら寂しかったんだろ」
そう訊くと、彼女はまた顔を伏せた。
「あいつらと話さなくなって寂しいとは思わないけれど……今まで当たり前にあったものがなくなるのは、やっぱり色々不安にはなるわね」
小学校の高学年から、約五年前後。当たり前に周りにいた人達がいきなりいなくなって、完全な敵になっていた。鳥かごの中にさえいれば自由はないだろうが、不安はなかった。今は自由はあるが不安もある、と彼女は言いたいのだろう。
「違うさ」
「何がよ」
「紗菜は寂しかったんだと思う」
「なんで薫くんにそう言い切られなきゃいけないのよ」
「……寂しそうで、見てられなかったからだよ」
あまりに淋しそうで、切なそうな背中だったから。
だから、俺は悪戯して、彼女を元気付けたかったのだと思う。ああやって怒鳴って、叫んで。ちょっと予想よりも暴走させ過ぎてしまったけれど、元気な方が彼女らしいから。
「淋しそうで見てられなかったから、ちょっかい出した。ごめん」
彼女は首を振るだけで、何も言わなかった。ただ、地面を寂しそうに睨みつけているだけだった。だから、俺は……その手を、そっと握った。びくっと一瞬、彼女の体が震えた。
「妊娠しないから」
「わかってるわよ、そんな事……」
紗菜は恥ずかしそうに顔を伏せたが、振りほどきはしなかった。
そのまま彼女の握られた手を開いて、互いの手のひらを重ねてみる。そして、彼女の細い指に俺の指を絡ませていき、そのままぎゅっと握り込んだ。昨日みたいにどさくさに紛れてじゃなくて、ちゃんとお互いの意思での、恋人繋ぎ。
少し彼女の手のひらは汗ばんでいたようにも思えた。緊張しているのだろうか。いや、緊張しているのは俺も同じだ。心臓の音が高ぶっていて、紗菜に聴こえやしないか不安になってくる。
「嫌じゃない?」
「うん……嫌じゃない」
ちょっと何か物音がすれば聞き逃してしまいそうなくらい、囁くような小さな声。そのまま手を繋いだまま、何も話さなかった。ただ青空を眺めて、ぼんやりとしている。
本当は横を向いて、その綺麗な横顔や髪を見ていたかった。青い瞳も、もっと見ていたい。でも、恥ずかしくてとてもではないけれど見れなかった。
ただ、斎紗菜という女の子の存在を、右手から感じていた。
手を繋いでいるだけなのに、これだけ幸せな気持ちになれる事を、俺は初めて知った。
手を繋ぐだけでも幸せなのに、もしキスとかしたらどれくらい幸せなのだろうか。もしかして、死んでしまうんじゃないだろうか。バカバカしいと思いつつも、そんな事を考えてしまう。それくらい、俺にとっては幸せな時間だった。
ちらっと紗菜を見てみると、彼女もこちらを横目で見ていて、目が合った。その瞬間、お互い慌てて互いに目を逸らす。
くすぐったい。くすぐったいけど、幸せで温かい。紗菜も同じ気持ちだったらいいな、と、そんな事を思って、もう一度視線を空へと移した。
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