第32話 お弁当と奇声
翌日の昼休み──いつものごとく購買に行こうと廊下に出ると、B組の教室から出てきた紗菜と出くわした。手にはお弁当箱がある。紗菜はご機嫌斜めなのか、なんだか顔がすっごく怖い。
「あ、紗菜。今日天気良いから和春が外で食べ──」
俺がそう言いかけた時である。
紗菜がその怖い顔のままずんずん俺に近付いてきたかと思うと──いきなり何も言わず、俺の腕をがしっと掴んだ。
「ちょっと来なさい」
「はえ⁉」
初対面の時のように、俺の腕を掴んだままずるずると引きずって行く。
「え、なに⁉ 俺またなんか怒らせた⁉」
「いいから来なさいって言ってるのよ!」
紗菜がこちらを見ずに怒鳴る。
え? ほんとに何なんだ? 昨日PIBGで一番先に自分が殺された事を怒ってるのか? いやでも昨日普通に楽しそうじゃなかったか?
頭の中のステータスが混乱状態だが、こういった時の紗菜には逆らわない方が良いだろう。
俺は相変わらず学園の聖女様(元?)で金髪碧眼美少女で更に理事長の孫に腕を引かれ、羞恥に晒されながらずるずると引きずられる。
彼女はそのまま屋上まで俺の手を引いて行ったかと思うと──他の生徒の目に入らない隅っこの方まで連れていった。そして、そのままぶんと勢いよくフェンスへと叩きつけられる(というのはちょっと大袈裟な表現だ)。
紗菜は腕を組んだまま、ぷいっと顔を背けている。
なんだなんだ? また俺はこのフェンスによじ登らされるような事でもしてしまったのか? あの時よりも無自覚だぞ。一体紗菜は何に怒ってるんだ?
そう思っていると──
「ひ、昼休みね?」
いきなり紗菜が、そんな当たり前の事を訊いてくる。
「は? うん、そうだな」
紗菜は相変わらず居心地悪そうに、そしてバツの悪そうな顔で突っ立っている。
「ひ、昼休みと言えば……休まないと、いけないわよね?」
「そうだな」
なんだ、この会話は。全くどうなるのか先が読めないぞ。
「昼に食べるものと言えば……お、お弁当よね?」
「ん? そうか? 俺みたいにパンのやつもいるぞ?」
相変わらず紗菜が意味不明な会話をしてくる。
だから早く購買に行かないといけないんだけどなぁ。ぶん殴られるなら早くぶん殴ってくれ。殴られる原因が全くわからないのだけれど。
「あー……そう、ね。でも、薫くんは今日、お弁当を食べる事になるのよ。それはもう仕方ないっていうか……そう決まってるっていうか」
「は?」
そこでようやく俺は彼女の手に持たれたお弁当箱の意味を理解する。
「あ、もしかして、俺に弁当を作ってきてくれたってこと?」
そう訊くと、紗菜はびくっとしたように体を震わせて、腕を組んだまま体を横に向けた。
「いや、作ってきてあげたっていうか、その……なんとなく、ね?」
「なんとなく作ってきてくれたのか? ありがとう、嬉しいよ」
「いや、も、ほんとにね? あり合わせのもの適当に詰め込んできただけで、何ならあたしの分のおかずをただちょっと多めに作って二人分にしただけで、わざわざ作ったってほどのものじゃないのよ? その、だから過度に期待されても困るんだけど……」
「いや、紗菜が作ってくれたなら俺は何だって嬉しいけど」
「じゃ、ほら……さっさと食べちゃいなさいよ!」
そう言って、お弁当箱をぽんと投げられる。
いきなり投げてよこしてくるものだから、俺も即座に反応できなかった。何とかキャッチを試みたものの、弁当箱は指先に触れただけで、そのまま床に落下していった。しかも、横向きに。がしゃんとした音を立てて。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
それを見た紗菜が、いきなり唾を吐き散らして絶叫した。
「なんでちゃんと取らないのよ⁉」
「いきなり投げられるとは思ってなかったんだよ!」
「そんな……ああああああああああああああああああああ……」
まるで目の前で恋人を殺されたかのように絶望している紗菜。
「そんなに悲しそうに嘆くなら最初からちゃんと渡してくれよ……」
「うわあああああああああん……」
うえええ……遂には泣き始めたよ……どうすんだよ、これ。しかも隅っこなのに紗菜の泣き声で人がちらちら見に来てるし。
え、てか待った。もしかして俺、理事長の孫泣かしたとかって思われてない⁉ てかこれは俺が泣かせた事になるのか⁉ いやいやいや、俺完全に被害者だぞ⁉
とは言ったものの、絶望に打ちひしがれる紗菜をこのまま放っておくわけにもいかない。俺は無言の睨みでちらちら見ている連中を追い払った。
そして溜め息を吐きながら弁当箱を拾い上げて、フェンスにもたれかかって座った。紗菜も俺の横に並ぶようにして座っている。泣きながら。
そのお弁当箱は底から何か汁が垂れており、包まれていた大きめのハンカチに沁み込んでしまっている。
嫌な予感がしながらも、ぱかっと蓋を開いてみる。
「うわあ……中身が大変な事に。右側に偏ってるし……」
「うあああああああああああああああああ! 五時に起きて作ったのにぃぃぃぃぃぃーーーーっ!!」
無残な中身を見て、紗菜が絶望の慟哭を上げた。
「ま、まあ落っこっちゃったしな……ってか、五時起き⁉ そんなに早起きして作ってくれたのか?」
「はっ……!」
紗菜は『しまった』という顔をして、不機嫌そうに瞳を閉じた。
「ふ、ふん! 五時になんて起きるわけないでしょっ? 寝てたわよっ。こんなお弁当、三秒で作ったに決まってるじゃないっ」
「じゃあそんなに絶望しなくてよくない?」
冷凍食品だけで作ったとしても三秒は無理だと思うんだけど。
というか、中が悲惨な事になってるから気付かなかったけど、お弁当の中身が全部中華料理だ。すっごく手間がかかっていそうだ。
「ああ……油淋鶏の垂れと他の油が混じって全体に侵蝕を……」
「うえああえええあああああああ……」
それを見た紗菜がまた絶望で顔を伏せた。
俺はとりあえず横につけてあったお箸入れからお箸を取り出し(何故かスプーンも入れてあった)、油淋鶏を摘まんだ。
「あ、油淋鶏美味しい。このタレ、まるで本場の料理屋みたいだ」
「でしょ⁉」
一転笑顔で顔を上げる紗菜。
「嬉しいんだ?」
「はっ……!」
また紗菜は『しまった』という顔をして、不機嫌そうに瞳を閉じて顔を背けた。
「た、たまたまよ! 欠伸してたらたまたまできただけで、完全なる偶然よ!」
たまたま欠伸しながら油淋鶏ができるわけないと思うんだけど。
「運も実力のうちって言うし、紗菜の実力なんじゃないか?」
「まあ、この程度ならね? 別に特別な事じゃないし」
「いやー、この海老チリも絶品だな。そこらの中華料理屋のより全然美味い」
「でしょ⁉ ──じゃなくて、たまたまよ! 適当に海老をチリっとしてたら、ちょうど良い感じの海老チリに仕上がってしまっただけよ!」
嬉しそうに顔を輝かせたかと思うと、また『しまった』という顔をして、変な言い訳を並び立て始める。海老をチリっとって何だよ。
「あ、ご飯ってチャーハンじゃないか! めちゃくちゃ嬉しい。こんな豪華な弁当食べたの初めてだな」
「でしょ⁉」
「…………?」
「あーーっ、えっと、じゃなくて、たまたまね? フライパンの中にご飯を落っことしちゃって、それと同時にひゃっほーい! ってなんだか色んなものが飛び込んできたら偶然チャーハンになってたのよ! 具はお弁当箱の底からにょきって生えてきただけだから、これもたまたまよ!」
「そ、そうなのか……」
ひゃっほーい、と言いながら入ってきたご飯とお弁当箱の底からにょきっと生えてきた具が混じったチャーハンを食べてみると、これまた美味しい。わざわざスプーンがついていたのは、チャーハンの為だったのだ。
俺は紗菜が五時起きで作ってくれたお弁当を、有難く頂く事にした。中身、色々混ざってぐっちゃぐっちゃになってるけど。
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