第31話 四人の日常

 それから俺達は四人で過ごす事が多くなった。昼休み、放課後はほぼ四人セットだ。

 俺達といる時の紗菜は騒がしくテンションが高いので、これまでの彼女のイメージ──高嶺の花、お嬢様、聖女様──を良くも悪くも覆した。天真爛漫でハイテンションな金髪美少女……それが今の紗菜のイメージだ。彼女に聖女様といった幻想を抱いていた人からは幻滅されていたが、当の本人は全く気にしていなかった。

 俺達といる事から、外部生の一部は紗菜に興味を示して話しかけようとしているが、彼女は相手にしなかった。そこではまた〝断崖絶壁の花〟を演じて人を寄せ付けないようにしていたのだ。多くの外部生は彼女の断崖絶壁っぷりに凹んでいるが、これはある意味彼女の優しさだ。俺達四人は、謂わばエスカレーター組が何か仕掛けようものならそれに対抗する覚悟がある。その覚悟がないのであれば、自分に近寄るな──紗菜はこう暗に仄めかしているのだ。

 少し厄介なのは、これを理由に紗菜が『男に囲われている』『紗菜が外部生の男を飼っている』と悪く言われている事だ。中には紗菜をビッチ呼ばわりしている連中もいる。これには、おそらく和春のファンというか、和春に振られた女の子を中心に、嫉妬心から攻撃しているようだった。

 一度抗議してやろうかと思ったが、紗菜曰く「人が近寄ってこなくなるから良いんじゃない?」とむしろあっけらかんとしていた。彼女は俺が思っていたよりもずっと強かった。

 俺達がつるみ始めて二週間ほど経ったが、紗菜の評価が変わったり、悪く言われたりする事以外では、特に何も変化はなかった。何かエスカレーター組が仕掛けてくる事もなく、嫌がらせをされるわけでもなく、ただ俺達は、気ままに四人の時間を過ごしているだけだった。

 そして、それは今日も同じだ。


「ねえ、薫くん。あの狙撃手何とかしなさいよ」

「いやいや、今出て行ったら俺が撃たれるだろ」

「使えないわね。じゃあ佐久間くん、Go!」

「無理言うなよ! 俺もう瀕死で回復薬ないんだよ」

「ええ? それだとあたしが動けないのよ」

「あ、今僕が背後から回ってるから、もうちょっと待って」

「あら、さすが左藤くんね。そっちは任せたわよ。あたしはこっちに来た鴨を仕留めてやるわ」


 昼休みに空き教室を占有して、スマホFPSゲーム・PIBGのチームモードで遊んでいた。大体四人でやる事と言えば、ゲームか野球か、といったところだ。そろそろ何か別の事もしたいなと思う反面、こうして四人で遊ぶのも楽しくていいかなと思っている。

 特に目的もなく、毎日気怠い昼休みと放課後を、気怠いなと思いながらもこうして四人で時間を潰す。それが、何んというかとても幸せに思えたのだ。


「いよっしゃー! 瞬殺だっつーの!」

「うわ、またヘッドショットかよ。斎さんほんとすげえな」

「あーはっはっはっ!」


 紗菜が単独行動していた敵をM二四であっさりとヘッドショットしていた。

 彼女のテンションの高さに明日太と和春もそろそろ慣れてきたようで、特に何とも思わないようだ。むしろ、お嬢様でいられるより気を遣わなくて良いから楽だと言っていた。


「あ、紗菜。またそんな前に出たら──」


 パスン。

 警告しようと思った矢先、紗菜がヘッドショットされて即死した。狙撃されたのだ。おそらく明日太が狙っている別の狙撃手からもマークされていたのだろう。


「え、うそでしょ⁉ どこにいたのよ!」

「だからその衣装、目立つからやめなって……」

「嫌よ! これ手に入れる為に諭吉が死んだのよ⁉」


 紗菜は課金コスチュームを着ていて出で立ちが嫌でも目立つので、よく狙われる。何度も注意したけど、「戦国武将でも大将は派手な鎧と兜をつけるものでしょ? これは強者の証なのよ!」とわけのわからない事を言っていた。いや、それで狙われて死んでたら意味なくない?


「はあ……まあ、後は三人に任せるわ。飲み物買ってくるけど、何かいる?」


 紗菜が溜め息を吐いて立ち上がった。


「僕は大丈夫」

「俺もいいかなぁ」


 明日太と和春がそれぞれ応える。


「薫くんは?」

「俺ブラック」

「いつものあれね。わかったわ」


 言ってから紗菜は財布を鞄から取り出して、椅子から立ち上がった。

 俺達三人は、無言でスマホの中の戦場を駆け回っている。和春が死にそうなので、俺と明日太で回復薬探しと索敵をしているところだった。


「そういえば薫くんって、いつもお昼はパンなの?」


 俺が食べ終えた後のパンの袋をちらりと紗菜が見て訊いてきた。


「ん? ああ、そうだな。親が朝弱いから弁当作れなくてな」

「ふぅん……そうなんだ」


 紗菜はそう言って、教室から出て行った。

 彼女が飲み物を買いに出てからも、俺達はほぼ無言でPIBGをしていた。紗菜がいなくなると、一気に静かになるのが俺達の特徴だ。知らない間にムードメーカーみたいな存在になっている。


「なんだか、すっげえ斎さん俺らに馴染んでるな」


 和春がようやく手に入れた回復剤を使いながら言った。


「良い事なんじゃない? 教室でも僕に気兼ねなく接してくれるし、実際良い人だと思うよ」

「だな。誘ってよかった」


 そう、何も問題がない。問題が起きなくて穏やかな日常っていうのは、とても良い事なんだと思う。

 ただ──最近、ちょっと紗菜と二人でいる時間がなくなっているので、それを寂しく思うだけだった。

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