第30話 生クリームと奇声

「ところで、紗菜は何でそんなにスポーツ得意なんだ?」


 和春の奢りでロイヤルモストの高級パフェを食しつつ、訊いてみた。

 俺達はグラウンドで散々奇声を上げていたのだが、ご近所さんから警察を呼ばれそうになったので、慌てて退散してファミレスに逃げ込んだのだった。

 この後一度学校に戻って野球部に備品を返しに行くのが面倒なのだけれど、和春曰く文句言われるまで借りてて良いんじゃね? とのことだ。確かに、こっちには学園理事の孫の斎紗菜がいるので、何とでも言い分は通りそうである。


「ああ……あたしって、学費がかからないじゃない?」

「確かに」


 紗菜はこの学園の理事の孫だという事もあって、幼等部から一切の学費がかかっていないそうだ。


「それで、小さい頃から習い事は色々させてもらえたのよ」


 ポンコツチート聖女様はパフェを美味しそうに頬張りつつ応えた。ずっと眺めていたいほど美味しそうに食べるので、自腹でもう一杯パフェを奢って献上したくなってしまう。


「野球はやった事なかったけど、水泳とかバレエとか、あとはダンス、護身術もやったかしら? 小学校のうちはたくさん習い事をしていたわ」


 中学になってからはやらなくなったけれど、と紗菜は付け足した。

 なるほど、紗菜が突出して運動能力が高いのは、色んなスポーツを小さい頃に経験していたからか。


「何で中学になってからやらなくなったんだ?」

「うーん、どの競技も少しやればすぐに上達しちゃって、教室ですぐに一番になっちゃうのよ。それで、何だか居心地悪くなるし、あたしも楽しくないしで辞めちゃったのよね」


 前言撤回。やはりこいつは元からチートスキルを持っていたようだった。神様は思った以上に不平等だ。


「ふえええ。やっぱり斎さんは昔から凄かったんだなぁ」


 明日太が同じくパフェを美味しそうに頬張って言う。

 ショタ男子とパフェも思った以上に合っている。こっちにも追加でパフェを注文してやりたくなるような幸せそうな顔だ。


「でも、野球は奥が深そうね。変化球もたくさんあるし、何より一人じゃ完結しないじゃない? とっても面白い競技だと思うわ」


 紗菜が嬉しそうに微笑んだ。

 思った以上に野球をお気に召したようで、さっきからスマホで変化球のサイトを見ては手元のボールで握りを確認していた。

 夕方のファミレスで、金髪碧眼クォーター聖女様の女子高生が野球ボールを片手にニギニギしている姿があまりにミスマッチだ。ただ、彼女の顔はこれまでにないくらい活き活きとしていた。


「で? リトルリーグでハンク・アーロンと呼ばれた和春さんとしては、紗菜のピッチングに対してどう思うわけ?」


 ずっと拗ねた様子で一人でミックスフライ定食を食べている和春に訊いた。今日のロイヤルモスとでの和春の出費は、およそ四千円ほど。今バイトをしていない彼にとっては痛い出費だろう。


「申し分ないくらいすげえ球だったよ。多分うちみたいな弱小野球部なら高校生でも打てないぞ、あれ」


 相変わらず和春がムスッとして答えた。


「でも! 今日は負けたけど、次は絶対に打ってやるからな!」

「いいわよ、いつでも受けて立つわ! 負けた時の出費は覚悟しなさいよ?」

「ぐっ……ま、負けなければいいだけの話だから!」


 和春の発言のそれが、まさしくパチンコで負けを重ねても翌日また朝から並んでいる鴨オヤジのそれだった。しばらく紗菜のお陰で食い扶持には困りそうにない。

 それにしても……俺にとって和春も完璧超人の部類に入る奴だったんだけどなぁ。紗菜が現れてから、完全にキャラ崩壊したというか、ギャグ要員になってしまったというか。ちょっとかわいそうな気がしなくもない。

 世の中上には上がいるもんだ。シリアスキャラだったピッコロさんだって後半ではバレーボールでトスしていたくらいだし。


「でも、どうせなら一度でいいから九人でちゃんとした試合もしてみたいわ」

「ああ、それなら草野球チームとかにみんなで入ってみる?」

「え、なにそれ? 面白そう!」


 明日太の提案に、紗菜が目を輝かせる。

 そもそも紗菜は草野球が何たるかすらわかっていなかったので、明日太が説明しているが、説明するうちにどんどんやる気になっている。今は和春が「今度、草野球チーム探しとくよ」と話を進めていた。

 こうして楽しそうに和春や明日太と話している紗菜を見ていると、誘ってよかったな、と思うのだった。少なくとも……あの〝壁〟の中で淑女のようにただ微笑みを浮かべていただけの紗菜より、全然活き活きしていて、魅力的だ。


「ねえ、薫くん?」

「え? ああ、なに?」


 いかんいかん、つい紗菜に見惚れてぼーっとしていた。


「ついてるわよ? クリーム」


 紗菜が俺の頬を指差して言った。


「え、まじか」


 彼女が指刺したところらへんをごしごしこする。


「取れた?」

「違う違う、そこじゃないわよ」


 仕方ないなぁといった様子で紗菜がテーブルから身を乗り出して、手を伸ばすと……俺の頬に指を当てて、ちょいと拭ってくれた。紗菜の手が触れたところが、少しくすぐったい。

 なんだか和春が虎をも殺しかねない勢いで紗菜を睨んでいるが、気にしない気にしない。


「薫くんって、何だか子供みたいね」


 紗菜は可笑しそうに言いながら、指についた生クリームをそのまま自分の口元に持っていって……ペロッと舐めた。


「「「あっ」」」

「……え?」


 俺達三人の視線に、紗菜がはっとして固まる。

 そして、自分がしてしまった行動を理解したのか、顔が一気に赤く染まっていく。俺も一気に恥ずかしくなってきて──


「ぶどろぐゔぇどぅぉー」

「ぐぎゃぼろばれゔえ」


 俺達は互いに奇声を発した。


「ぐおあああああ! またなのか!? またお前等は俺に敗者の屈辱を与えようというのか!? ちくしょおおおおおおー!!」


 どういうわけか、また和春も叫び始めた。


「ぶどろぐゔぇどぅぉー」

「ぐぎゃぼろばれゔえ」

「ぐおあああああ! うわあああああ!!」

「また警察呼ばれるからせめて人前ではやめてよ! お願いだから!」


 夕方のファミレスで、急遽叫び出す高校生三人。

 そんな中、唯一シラフ(?)だった左藤明日太だけが怒って場を収めようとしていた。

 結局俺達はその後、店を追い出された。

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