第39話 違和感

「さあ、始めるわよ!」


 お茶とお菓子を食べて少し一服してから、俺達は笹の飾りつけの準備を開始した。飾り付けといっても、折り紙で簡単に切って作れるような工作だ。

 短冊だけではつまらないから、どうせならクリスマスツリーみたいにしよう、と紗菜が提案した事で今回の催しは決まった。

 まあ、確かに最近はゲームも飽きていたし、こんな催しもたまにはいいだろう。


「じゃあ、俺編み飾り作るぜー」

「僕はあんまり器用じゃないから菱形飾りにするね」


 和春と明日太はそれぞれ言い、早速取り掛かり始めた。


「じゃあ、あたしと薫くんは吹き流しでも作ろっか?」

「吹き流し? なにそれ」


 首を傾げて訊く。全く名前から想像もできなかった。


「見た事ない? イカみたいに足がひらひらしてるやつよ」

「あー、あれか。なんかそういえば小学校の時に教室に飾ってあったかも。作り方わかるのか?」

「ええ、簡単だから薫くんにも作れると思うわ。まずは半分に折って、それを四回繰り返して……」


 紗菜は無邪気で楽しそうに、折り紙を折っていた。四回折り畳んでから、広げて折り目の通りに切り込みを入れて、ひらひらとさせる。そして最後に丸めて、糊付けをした。


「はい、これで完成。簡単でしょ?」

「おお、これなら俺でもできそう」

「じゃあ、あとあたし他にも何か作るから、薫くんは吹き流しお願いしていい?」

「おう」


 早速紗菜に教えてもらった通り、折り紙を折り畳んでいく。

 高校生にもなって、笹の飾り付けを折り紙で作るだなんて、一体何をやってるんだろうか、とは思う。でも、何だかそれが逆に新鮮で、楽しい。

 明日太は本当に手先が不器用なようで、この中で一番簡単な菱形飾りですらも変な形になっていて笑えたし、和春も途中でふざけて折り紙で変な生き物を作り出して笑わせてくれた。何もない部屋だったけれど、そこには笑顔と笑い声が溢れていて、何より紗菜も楽しそうだった。

 ふざけつつ、笑い合いつつ、少しずつ笹の飾りつけを進めていく。そして──


「やたっ! 完成!」


 紗菜が最後の飾りつけをつけて、無事立派な七夕っぽい笹ができた。飾りを作り過ぎてクリスマスツリーみたいになっている気がしなくもないけれど、まあ、飾りをたくさん作った方がきっと願いも叶いやすいだろう。


「次はいよいよ本番の短冊ね。もう願い事決めてる?」


 紗菜が三人に短冊とボールペンを渡しながら訊いた。


「おう! 俺はもちろん薫と永遠のマブダチ!」

「じゃあ、僕は和春と永遠のマブダチにしよっと」


 早速和春と明日太が短冊にボールペンを走らせた。


「あ、あなた達は、なんでそうベクトルの関係性をややこしくしてるの?」


 そんな二人を見て、紗菜は呆れつつ、「薫くんは?」と訊いてきた。きっと深く触れるのもまずいと思ったのだろう。大正解だ。

 願い事がないわけではなかった。でも、ここで書くにはあまりに恥ずかしいというか、何というか。どうせ書くなら、誰にも見られないところで書きたい。


「俺は……まだ悩み中。紗菜は?」

「あたし? あたしはね……」


 言いながら、紗菜もボールペンを走らせた。短冊に書かれていた文字は──


『皆がずっと仲良く過ごせますように』


 だった。彼女は短冊を見せて、にこっと微笑んだ。

 でも、一瞬……ほんの一瞬だけ、その笑顔に違和感があった。どこか、寂寥感すら感じさせる笑顔。でも、それはほんの一瞬で。ふと気づいた時にはいつもの笑顔に戻っていて、やっぱり気のせいだったのではないかと思うのだった。

 結局、俺も『皆で健康に楽しく過ごす!』と紗菜と似たり寄ったりな事を書いていた。一番の願い事ではないかもしれないけれど、これも俺にとっては大切な願い事だ。皆が健康でないと遊べないし、楽しくない。きっと、健康は大切だ。うん。そう自分に言い聞かせていた。

 そして俺達は四人の短冊を吊るして、笹を見た。短冊よりも飾りが多すぎて、もはや短冊が目立たない。笹の枝も『飾りが重い!』と文句を言いたげなほど、垂れさがっている。ちょっと可哀想かもしれない。


「もしも……」


 笹を眺めている時に、唐突に紗菜が、ぽそりと呟いた


「もしも、あたしがいなくなって……二度と会えないってなっても……皆は、あたしの事覚えててくれるのかしら……?」


 まるで独り言のようにぽろりと出た紗菜の言葉。本当に小さな声で、誰かに向けての言葉ではなかった。心の中にあった疑問が、少しだけ漏れてしまったかのような、そんな独り言だった。あまりに声が小さくて、少し離れていて何かを冗談を言い合っていた和春と明日太には聞こえていなかったようだ。

 その時紗菜が見せていた表情はあまりに寂しそうだった。空虚感に溢れていて、そのアクアブルーの瞳に膜が張られていて……雫が零れ落ちてしまうんじゃないかと不安になるくらい、潤んでいた。


「紗菜……?」


 思わず声を掛けると、彼女ははっとしていつもの笑顔を作ってみせた。


「な、なんでもない! こうして、友達と一緒に何かを工作するなんて、初めてだったから……ちょっと、しんみりしちゃって」

「そう、なのか……?」

「そ、そうよ! そうに決まってるでしょ? 友達いない歴幾年のあたしを舐めてるの? 何なの、バカにしてるの⁉ じゃあバカにすればいいんじゃない⁉ ぼっち歴長いと被害妄想強まるんですねってバカにしてみなさいよ!」


 いつもみたいに怒って、華やかな見掛けに相応しくない自虐を言う。

 でも、今日のそれはあまりに演技じみていて、違和感しかなかった。きっとそれは、その瞳が怒りや恥ずかしさから揺れているのではないとわかってしまうからだ。どうにも痛々しく見えてしまって、見ていられない。

 ただ、そんなやり取りは俺達の間では結構日常茶飯事的に起こっていて、和春や明日太もただいつも通り笑っているので、俺も「ごめんごめん」といつもみたいに平謝りをする。紗菜がいつものように振舞うので、そこで突っ込むと空気がおかしくなってしまうからだった。

 それから俺達はお菓子を食べながら、結局紗菜の部屋でゲームをしていた。きっとそうする事で、短冊の願い事も叶うと思っていたからだった。

 夜九時を回って、もうそろそろ帰ろうかという時、紗菜が言った。


「ねえ、この笹もらっていいかしら?」


 俺達男連中は顔を見合わせた。


「邪魔じゃないか? 邪魔なら持って帰ろうかと思ってたんだけど」


 訊き返すと、紗菜は首を横に振った。


「ううん……だって、この部屋、殺風景でしょ? だから、これくらい派手なものがあった方がいいかなって」


 困ったように笑って、紗菜は部屋を見渡した。

 必要最低限なもの以外、ほとんど何もない部屋。そういえば、参考書の類もなかった。おおよそ、女子高生の部屋とは言えないような無機質さがそこにはあって、そんな無機質な部屋で、存在感を示すデコレーションだらけの笹だけが残る。色々、バランスが悪い気がした。


「まあ、紗菜が良いから、置いていくけど……」


 そう言って、紗菜に「また明日」と言って、彼女の部屋を後にした。

 部屋を出る寸前に視界に入ったデコレーションだらけの笹が、どうにも寂しげに見えてならなかった。

 

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