第38話 紗菜の部屋
──七月七日。七夕がやってきた。
俺達の町の近くでは七夕祭り的なものはなかったので、普通に家で楽しもうという事になっている。せっかくのイベントなので楽しんでしまおう、という和春の提案だ。
学校帰りに一〇〇円ショップに寄って、小さな笹と折り紙を買った。その足で誰かの家に行って七夕笹デコレーションを作ろうという話になった時、
「あたしの家でいいんじゃない? 一番近いし」
と、紗菜から驚きの提案が出た。
確かに、その一〇〇円ショップから紗菜の家が一番近かった。だが、さすがに男三人で押しかけるのはまずいのではないかと思ったが、紗菜は全く気にしていないらしい。
(まあ、紗菜が良いなら良いか……)
特に反対する理由もなかったので、そのまま四人で紗菜の家に向かった。
初めて彼女の家にお邪魔するのはドキドキしたが──というか男三人で押しかけたらご両親が驚くのではないかと思ったが──紗菜のお父さんは当直で不在、お母さんは今日は準夜勤で遅くまで帰ってこないらしい。
親御さんがいないのは緊張しなくて済むのだけれど、それはそれで、少し問題なのでは、と真面目な俺は思うのだった。確かに俺達は友達だが、女一人の家に男三人を呼ぶというのは、ちょっと危機管理意識が低いというか、何というか。いや、俺達の間でそんな変な事が起こるわけがないのだけれど、もし今後、男友達ができた時にそんなに脇が甘いようでは、不安になってくる。
(今後、か……)
もし俺とはこのまま何も起こらなくて、そのうち他に男友達ができて……そいつと付き合ってしまう事も起こり得るのだろうか。もしいるとしたら、そいつはどんな男なのだろうか。
こうして友達として落ち着いてしまっている今、距離感の詰め方がわからなくてぼやぼやしているうちに、一気に距離を近づける野郎が出てきたら……俺はその気、どうすればいいのだろうか。
そんな事を考えながら、「お邪魔します」と誰もいない紗菜家に入る。紗菜の家は、彼女が以前言っていた通り、本当に普通の二階建ての家屋だった。少し大きいかもしれないが、豪邸とは程遠い。どうやら彼女の言う『あたしは一般家庭育ち』は本当だったらしい。
「部屋、二階だから」
パチパチと電気をつけて、先に二階へと上がる。階段を見上げたら、危うく紗菜のスカートの中が見えそうになって、思わず目を背けた。
慌てて和春と明日太を見るが、二人は「おいおい、俺達これからあの聖女様の部屋に入るとかやばくないか?」「いくら斎さんと友達って言っても心臓に悪いよね」等とこそこそと話していた。どうやらパンチラには気付かなかったようで、安心した。危うくこの二人の目を潰すところだった。
紗菜が階段を登り切ってから、俺達も続いて、いよいよ紗菜の部屋に入る。それににドキドキしない自分がいないわけではなかった。
「何もない部屋だけど、寛いでて。お菓子と飲み物取ってくるから」
言って、紗菜がパタパタと階段を降りて行く。
改めて部屋を見回すと、紗菜の部屋は思ったより物がなかった。ベッドとテーブルと、クッション。そして鏡付きの化粧台のみである。
(いや……何もない部屋って言うけど、これは少なすぎないか?)
もはや生活感がないというか、何というか。本棚もないし、飾りっけも何もない。同級生の女の子の部屋がどんなものかはわからないけれど、あまりに質素なような気がした。
でも、紗菜の香りがするから、きっと彼女がここで日常生活を送っている事はわかる。
「なんか……ちょっと拍子抜けだよな」
もうちょっと派手派手しいのを想像してた、と和春がぽそりと呟いた。
「まあ、斎さんも前に一般家庭育ちって言ってたし」
「いや、でもさ……こう、あの雰囲気ならぬいぐるみくらい持ってそうじゃないか? キャラ物結構好きだし」
「まあ、確かに」
和春と明日太がそんな会話を交わしていた。俺が抱いた違和感を彼らも持ったようだ。
俺はただ、なんとなくそわそわしながら部屋を見回しているだけだった。紗菜が毎日寝たり起きたりしている部屋に自分が来ているのが信じられないのと同時に、それが自分だけではない、というのがちょっと残念だ。
「まあ、でも最近は斎さんも普通だし、やっぱり僕らの杞憂だったのかな?」
「それならそれに越した事はないんだけどな」
明日太が唐突に訊いてきたので、そう答える。
明日太には紗菜の不調はどうやら女の子の日的なものが原因らしい、というのは伝えてある。明日太は「ほんとかなぁ……」と若干訝しんでいたが、女の子の日を理由にされると、俺達男はそれ以上何も踏み込めない。それに、それ以降は彼女から寂しそうな雰囲気や表情というのは見えなかった。
どこか空虚な雰囲気が漂う部屋を見渡して息を吐くと、俺は飾り付け用の為の折り紙と摘まむ用のお菓子をテーブルに並べた。
今日俺達がここに来たのは、何も部屋を見学する為ではない。七夕を楽しむ為だ。
ただ、そうして準備をしている間も、ふと彼女が普段寝ているであろうベッドを見た。どこかそのベッドが、どうにも物寂し気に見える気がしてならなかった。
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