第41話 繋がれた手
二日後、遂にその日が訪れた。
近くの河川で打ち上げられる、地元の花火大会だ。平日に行われるし、決して大きな花火大会ではないけれど、この町中の人間が集まるとされている。屋台なども出てそれなりに賑わうので、楽しみにしている奴も多い。ちなみに、俺達地元民のティーンエージャーからすれば、恋愛イベントとしても有名だ。この日を境に新しいカップルが爆誕する。
ちなみに、昨年の俺達はもちろんそんなイベントには縁がなく、俺と和春と明日太で花火を見てフードを食べただけだった。後でわかった事だが、和春は数々の女の誘いを断って、俺達と花火に行く方を選んだらしい。理由については……深く考えてはいけない気がする。
今年は、そんな俺達に斎紗菜が加わる。そして、この四人組の関係は……きっと、少し変わってしまう気がする。それが正しいのかわからない。でも、俺は前に進みたいと思っていた。
学校が終わってから一度帰宅して着替えてから、待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせ場所は、打ち上げ場所の最寄り駅の改札前。流行る気持ちを抑えて、駅へと向かった。
「いよっ」
待ち合わせ場所に着くと、和春が声を掛けてきた。横には明日太もいる。紗菜だけはまだ着いていないようだった。
「斎さん、バスって言ってたからもうちょい時間かかるかもな」
「ああ、なるほど……」
紗菜の家からだと、ここまでくるのはバスの方が都合が良い。
ただし、花火大会の日は大体交通機関が麻痺してしまうので、どうしても遅れてしまう。電車はそれほど遅れないが、車の方は異様に道が混むのだ。
もしかすると、大幅に遅れてくるかもしれないな、と思った時だった。
「ご、ごめん! 遅れちゃったかしら⁉」
紗菜の声が、俺の背後から降りかかった。
「いや、大丈夫。思ったより早かっ──」
言いながら振り返った時だった。
そこには、薄ピンクで水玉模様の浴衣を纏った紗菜がいた。慣れない格好だからか、もじもじと恥ずかしそうにしている。
その姿を見た時に思考が完全にショートしてしまい、ただ彼女に見惚れてしまった。薄ピンクの浴衣は普通の子が着ると少し幼さが目立ってしまうのだが、彼女の金髪とアクアブルーの瞳が上手くそれを調和させていて、幼さを感じさせない。また、スタイルの良さが出ていて、色々そそってしまうのも問題だ。
「や、やっぱり変だったかしら? お母さんから、せっかくだから着ていけって言われて着付けてもらったんだけど……」
頬を染めて、ちらちらと俺を見る。
和春や明日太が口々に「よく似合ってる!」と絶賛していたが、肝心の俺が何も口にできない。
「その……薫くんは、どう思う? 変じゃない?」
明日太が、こっそりと俺の背中を肘で突いた。そこでハッとする。ここで無言は男としてダメ過ぎる。
「えっと……すっげぇ可愛い。よく似合ってる」
「ほ、ほんと……? それなら、いいんだけど」
恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く紗菜があまりに可愛すぎて、もうどうしていいのかわからない。
本当は、今日ここに集まる人達の中で一番可愛い、くらい言えたらいいのだけれど、そこまで言える勇気がない自分が情けない。
和春は何故かそんな俺と紗菜を見比べてギリギリと歯を喰いしばっている気がするが、そこだけは気にしてはいけないと思うのだった。
「とりあえず川辺の出店でなんか買いに行こうよ。これ以上遅くなると道もごった返すだろうし」
明日太の提案に頷き、早速俺達は花火の打ち上げ場の方面に向かった。
会場までの道は思ったより人が多くて、気をつけないとはぐれてしまいそうだった。
打ち上げ場の河原までの道のりは、どうしても住宅街を通っていかなければならない。普段なら余るほど広い道なのだが、如何せんこの町どころか沿線上の人も集まってきているので、人がごった返している。
明日太と和春が話しながら進んでいるので、少し歩くのが早い。このままでは置いて行かれるな、と思った時、隣から「あっ」という声が聞こえた。紗菜が慣れない下駄で、躓いてしまっていたのだ。
「大丈夫か?」
「ええ、ごめんなさい。やっぱり慣れない格好でこんな人混みに来るもんじゃないわね」
紗菜が苦笑いをして足元を見る。下駄は相当歩きにくいのだろう。それに聞いた話では足も痛いらしい。
「ほら……」
俺は遠慮がち彼女の前に手を差し出した。
いきなり手を繋いで、この人混みの中でまた『ひあああああああああ⁉』だの『妊娠する!』だのと騒がれたらどうしようもないので、どうするかは彼女の判断に任せようと思ったのだ。それに、この後の成功率の目安にもなる。
「えっ……?」
紗菜は目を見開いて、驚いたように俺の手を見ていた。
和春達の背中が人混みに揉まれて見えなくなってしまったが、今はいい。
「あいつらはほっといて、俺達はゆっくり行こう。どうせ、河原の出店にあいつらはいるだろうし。少しくらい遅れても平気だろ?」
俺がそう言うと、紗菜はきょとんとしたまま頷き、そっと俺の手を取ってくれた。それに安堵して、小さく息を吐く。紗菜をちらりと見ると、顔を赤く染めて、恥ずかしそうに地面を睨んでいた。
彼女とこうして手を繋ぐのは、いつ以来だろうか。多分、和春達に紗菜を紹介したあの日、キャッチボールをする前に廊下で繋いで以来だ。
緊張からか、夏場なのに彼女の手は冷たかった。
「歩くの早かったら、言って」
「うん……」
紗菜と手を重ね、指を絡ませてから、ぎゅっと彼女の手を握った。そして俺達は、ゆっくりと人混みの中を歩き出すのだった。
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