第42話 勇気を出して

 花火の打ち上げ時刻が近づくにつれて、人が増えて行き、どんどん進むのが遅くなる。紗菜と手を繋ぎながら、ちんたらちんたらと歩くのだけれど、屋台がある場所まで着ける気配が全くなかった。

 LIMEを確認してみると、和春と明日太はもう出店が出ている河辺に着いているらしい。一方の俺達はというと、まだそこまで半分近く道のりがある。紗菜の手を握り締めて、ちらりと彼女を見た。

 紗菜は、頬を赤く染めたまま、俯いていた。


「紗菜、大丈夫?」

「え⁉ ええ、平気よ」

「足とか痛くない?」

「うん……ありがとう」


 紗菜はこう言ってくれているが、せっかく浴衣まで着てくれているのに、この体たらくでは男が廃る。

 ただ、皆も花火までに屋台ゾーンまで行って食べ物を買いたいという真理は同じようで、一向に進む気配がない。どうしたものかと思ってスマホを見ていると、ピコンとLIMEが入った。

 発信者は、明日太だった。グループチャットではなく、個人のトークでメッセージを送ってきたようだ。


『そのまま二人で見やすい場所まで行きなよ。ここ、穴場スポット。和春には上手い事言っとくから』


 ご丁寧に穴場スポットの位置情報まで送りつけてきやがった。ただ、この位置なら今俺達がいる場所からは結構行きやすい。しかも、人が密集している方とは逆方向だ。


「なあ、紗菜」

「なに?」

「腹、減ってる?」

「そんなに減ってないけど……?」


 浴衣だからそんなに食べれないし、と付け加えた。

 なるほど、帯で締め付けているから、あまり食欲も湧かないのか。


「じゃあ、別のところ行かない? もっと見やすいところ」

「え? でも、佐久間くんと左藤くんは?」

「ほっとく」

「へ⁉」


 いきなりの提案に驚く紗菜の方を向いて、じっと彼女の青い瞳を見つめる。


「穴場スポット、この近くにあるんだけど……俺と行かない? 二人で」

「ふ、二人でって…ッ」


 ボッと頬を染めて、眼を白黒させている。いや、瞳は青いのだけど。


「あ、ごめん。じゃあ、訊き方変えるよ」


 彼女から視線を逸らして、地面を見る。彼女の下駄と白い足が目に入った。


「紗菜は……俺と二人で花火見るのと、皆で見るの、どっちがいい……?」


 勇気を出して、訊いてみる。

 彼女の答え如何で、今日の俺の行動が決まる。この後突き進むのか、それとも今までの場所で留まるのか。


「……薫くん。その訊き方は卑怯よ」


 ドキドキしながら返答を待っていると、予想外の返事がきた。「え?」と驚いて彼女を見ると、恥ずかしいのか、顔を背けられてしまった。


「そんなの……決まってる。決まってるけど、あたしの方からなんて、恥ずかしくて言えるわけないじゃない」


 どきんと胸が高鳴った。これ以上ないくらい高鳴って、胸が痛いのだけれど、それが気持ちのいい痛みで。

 消え入りそうな声で言う彼女があまりに愛しくて、こちらをちらちら見て顔色を伺っている様があまりに可愛い。


「……行こう」


 紗菜の手を握り直して彼女を見つめると、紗菜は恥ずかしそうに上目でこちらを見て、こくりと頷いた。

 俺は彼女の手を引いて、雑踏を抜けだす。そして、明日太が送ってくれた地図の場所へと向かうのだった。

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