第34話 四人でプリクラ
六月も後半に差し掛かっていた。
多くの生徒が夏服になっていて、それは俺達も同じだった。女子はワイシャツのみになったり、その上にベストを羽織ったりしているわけだけども、紗菜は前者だった。で、それの何がよくないかと言うと……こう、紗菜のものは普通の高校生よりはちょっとサイズが大きめなので、強調具合が凄いというか、嫌でも目が行ってしまうといか……ともかく、青少年的にはたまに視線のやり場に困るのだ。
ベストは着ないのかと一度訊いてみたが、「どうして? だって暑いじゃない、あんなの」と一蹴されてしまった。こう、紗菜は男心にもうちょっと敏感になってほしい。ただ、手を繋いだくらいで妊娠だの何だのと言われたくらいだから、きっと彼女はそういった事に全面的に疎いのだろう。そのあたりは諦めた方が良いのかもしれない。
六月の後半と言えば、俺達が四人で行動するようになって、早くも一か月が経ったという事だ。学校がある日は大体毎日昼休みや放課後なんかを行動を共にしているが、ただ、そろそろやる事がルーティン化してきているのも事実だった。
梅雨入りしてしまった関係で最近は雨が降る事も多いので、キャッチボールをできる日も限られてきているし、一緒にいるのは楽しいけれど、ちょっと退屈だった。いわゆるモラトリアム感満載の日々と言えるだろうか。
俺はこのモラトリアム感満載な日々が、結構好きだった。昼休みに一緒に空き教室でゲームをしたり(最近は新規リリースされたMMORPGのスマホゲーを四人でやっている)、学校帰りにファミレスやファーストフード店に行ってだべったりしている。これといって内容もないのに集まって、それが何となく退屈だけど一緒にいると笑える……そんな日々だった。
そんな何でもない一日が、ずっと続けばいいなと思う反面……紗菜ともし付き合ってしまったら、四人でのこの関係もなくなってしまうのだろうか。そのどちらもを求めてしまうのは、俺のわがままなのだろうか。
モックバーガーのポテトを摘まみつつ、和春の冗談で笑顔を見せている紗菜を眺めながら、俺はそんな事を思うのだった。
「これからどこ行く?」
「まだ帰るにはちょっと時間早いよねー」
モックバーガーの店内が混んできた事もあって、俺達四人は退店する事にした。だが、他に行く当てがない。
今日は雨が降っていないのが幸いだが、蒸し暑い空気に怠さを感じながら、俺達は商店街を歩いていた。
その時ふとゲームセンターが目に入った。
「あっ……」
俺がふとそれを見て足を止めると、三人も足を止めた。
「どうしたの?」
明日太が訊いてくる。
そういえば、俺達ってゲーセンには行った事がなかったな、とふと思ったのだ。それに、ゲーセンと言えば、あれがある。
「プリクラ、撮ってかない?」
俺がそう言うと、紗菜がハッとして俺を睨んだ。睨まれても困るのだけれど。
「いいけど、なんでまた?」
明日太が首を傾げた。確かに、俺の口からプリクラと言うと、ちょっと意外かもしれない。
俺はプリクラとは縁がなく、中学の時に友達と撮ったくらいの経験しかなかった。和春や明日太の前でこの単語を言うのも初めてだろう。
「いや、前に紗菜が友達とプリクラ撮りたいって言ってたからさ。せっかくだし四人で撮ってみるのも悪くないかなって」
俺がそう言うと、紗菜がびくっとして体を震わせた。
何を怯えているのだ。まさか、ピンプリの事を言うとでも思っているのだろうか。今更そのネタで弄るなどというのもナンセンスだ。あれは二人きりの時に弄るのが良いのだから。
「あ、斎さん撮った事ないの? 女の子ってみんな撮ってるもんだと思ってたけど」
和春が意外そうな顔をして訊く。
「ほら、あたしって友達いなかったじゃない? あいつらは友達じゃなかったし」
紗菜はさらっと自虐的な事を言った。しかも、さらっと嘘まで吐いた。
撮った事がないわけじゃないくせに。恥ずかしいピンプリ撮ってたくせに──と俺が思っていると、紗菜が俺の心を読んだかのように、こちらににこにこと怖い笑みを向けてきた。
「薫くーん? 何か言いたそうな顔してるけど、何かあるのかしら?」
いつもは三千円くらい支払いたくなる笑顔だけど、今はそれが何故か怖い。後ろからさっくり刺してきそうな笑顔だ。
「い、いえ、何でもないです……」
明日太と和春はそんな俺達を怪訝そうに見ていた。
「まあ、それなら撮ってみても良いんじゃないか? 四人なら一人百円でいいし」
「そうだね。僕もそういやプリクラ撮った事ないやー」
二人が同意し、紗菜もこくりと頷いたので、俺達はそのままゲーセンの中に入った。
入る前にこっそり腕を掴まれて、小さな声で「余計な事喋ったら殺すわよ」としっかり脅されたのは、ここだけの話だ。なんだよ、せっかく紗菜が喜ぶと思ったから提案したのに。
俺達はそうして四人で初めてのプリクラを撮った。紗菜はピンプリの時のようなキメ顔はしていなかったが、とても楽しそうな笑顔だった。聖女様スマイルとも全く異なる、紗菜本来の笑顔。見ているだけでこっちも楽しい気持ちになってくる笑顔だった。
「うっわ、やっぱ斎さんすっげー美人」
四人で撮ったプリクラをスマホで見て、和春が素直に感想を言った。紗菜は「でしょ⁉」と嬉しそうに笑顔を零している。
プリクラで加工された紗菜は、普段より一.四倍増しで可愛くなっていた。でも、俺や和春といった男連中は目が大きくなりすぎて、イケメンというよりはむしろ気持ち悪くなってしまっている。それがまた面白いのだけれど、意外にも大健闘をした人間がいた。それが──
「でも、明日太くんだって可愛いわよ? 髪の毛もっと伸ばしちゃえばいいんじゃないかしら?」
紗菜が明日太に化粧加工をしたプリクラを表示させたので、それを見た俺と和春は噴き出した。彼女が悪戯で明日太にメイク加工を施したのだ。
それが何より、めちゃくちゃ女の子らしくて──というよりむしろ男女比が二:二にしか見えないので──笑う他ない。
「もう、ひどいよ斎さん~!」
一方の明日太は泣きそうだった。ただでさえコンプレックスだった童顔に女顔だという事も加わって、更にコンプレックスと化している。可哀想に。面白いけど。
「ええ、どうして? とっても可愛いのに」
「僕は可愛くなんてなりたくないんだよ~!」
「そうなの? じゃあ、あたしこれ壁紙にしょうかしら」
「あ、じゃあ俺もそれ壁紙にしよう」
「俺も俺も。明日太もしろよ?」
「やぁめぇてぇよ~! やぁだぁよぉ~!」
本気で泣く明日太と、それを見て笑う俺と和春、そして紗菜。その時こちらを見て微笑んだ紗菜があまりに可愛くて、胸が高鳴ると同時にちくりと痛んだ。
今でも十分幸せのはずで、とても楽しいのに。きっと、紗菜もこうして友達と過ごす時間を望んでいるはずなのに。
でも、どうして──俺は、こんなに物足りないのだろうか。モラトリアム期間でいいはずなのに、どうしてこんなに寂しく思ってしまうのだろうか。
出会った当初はあれだけ近くに感じた紗菜が今ではとても遠くにいる気がした。前より間違いなく近いはずなのに遠くて、簡単に触れられた彼女の手が、触れられないものになっていた。
「ねえ、薫くん! どうせだから、他のゲームもしていきましょ? あたし、あのガンシューティングのゲームがやりたい!」
俺の気も知らないで、紗菜が聖女様スマイルで笑いかけてくる。
最近は、彼女の笑顔を見るだけで、胸がずきずき痛む。どうしてか、痛い。そして、泣き出したい気持ちに襲われるのだ。
「お、あのバイオの新しいやつだな? いよっしゃ、じゃあ俺と薫ペアと斎さん明日太ペアでスコア勝負だ!」
「ええ、ちょっと⁉ あたしが薫くんと組むんだから、勝手に決めないでよ!」
和春と紗菜が、いつも通り俺を取り合って喧嘩をする。こうして彼らが喧嘩をするから、いつもグッパーでペアを組む事になるのだ。
「やったっ! 薫くんはあたしとペアよ!」
出された手を見て、紗菜が嬉しそうに微笑みかけてきた。
結果は俺と紗菜がグー、明日太と和春がパーだった。明日太はそれで嬉しそうにニコニコしていて、和春がチキショーと謎に悔しがっている。
そう、これがこの一か月で形成された、俺達の日常だった。これで楽しいはずだった。でも、俺は──そんな日常をどこか不満に感じるようになっていたのだった。
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