第28話 紗菜VS和春

「さあ、かかってこい斎紗菜いつきさな! リトルリーグで小さなハンク・アーロンと呼ばれた俺のバッティングを見せてやるぜ!」


 和春が言いながら、打席に立った。

 また古いメジャーリーガーを挙げやがって……俺も名前しか知らない。というか、和春ってリトルリーグで野球経験があるなど、俺も初耳だ。そうであるなら、この勝負はめちゃくちゃ不利だ。いくらムービングといっても、ストレート一種では厳しい。


「そして証明してやる……俺こそが、薫の友達だってことをなぁっ!」


 何を言ってるのかさっぱりわからないが、ここはきっとツッコんではダメだ。そう自分に言い聞かせて、とりあえず俺はピッチャーマウンドの紗菜のところまで行った。


「えっと……とりあえず、俺の構えるミット目掛けて投げれる?」

「さっきの要領よね? 多分大丈夫だと思う」

「あと、ちょっとだけこの握りを覚えておいて欲しいんだけど」


 俺は紗菜にボールを渡す前に、握りを見せてやった。


「縫い目に沿って浅く挟むように握って、親指は中心に置く。投げ方とかはさっきと同じでいいから」

「縫い目に沿って浅く、ね。これでいいの?」


 紗菜は俺からボールを受け取り、俺の握り方を真似る。

 うん、完璧だ。さすが運動神経抜群チート女、飲み込みも早い。


「そうそう、それでいい。最悪ミスってもいいからおもっきり投げて」

「OKよ」


 こくり、と紗菜は頷いた。

 本来、ぶっつけ本番でやる事ではないのだが、こいつのチートっぷりからすればぶっつけ本番でもなんとかなる気がした。それに、もしミスってすっぽ抜けても、ボールカウントに余裕があれば1球くらい捨ててもいいだろう。


「その球投げる時だけ、グローブ構える前にこう人差し指で合図送るから、これやった時にその球投げて」

「わかったわ」


 そう言うと、紗菜はくすっと笑った。


「なに?」

「ううん。なんだかこんなバカげた勝負に薫くんが本気になってるのが意外だなって思って」

「……人の金で食うパフェは格別だからな」

「そうね。勝って、佐久間くんに奢らせてやりましょ?」


 紗菜がにこっと笑ってウィンクした。

 くそ。いちいち可愛いんだよ、お前は。

 本当は、パフェなんてどうでも良い。勝って喜ぶ彼女が見たいだけなのだ。

 全く、我ながらバカバカしい──そんな事を思いながら紗菜とグローブを軽く当て合って、ホームベースに戻る。


「作戦会議は終了か?」


 戻ると、和春がにやりとして訊いてきた。


「こっちは球種がないから、ちょっとした作戦をな」

「作戦なぁ。まあ、勝ってパフェ食うのは俺だぜ……って、あれ?」

「どうした?」

「もし俺が勝ったら、薫にパフェ奢ってやれねえじゃねえかあああああ!」


 頭を抱えて絶望したように和春が崩れ落ちて叫んだ。何を当たり前の事を今更言っているのだ、こいつは。


「いや、別に奢らなくて良いんだけど」

「いいや、ダメだ! 俺だけ人の金でパフェ食ってお前に自分の金で買わせるだなんて、俺が俺を許せねえ!」


 もう、お前ほんとに最近どうしたんだよ。ほんとについていけないんだけど、俺はどうすればいいんだ?

 というか、今まで何回かお前にジュースとかアイス奢ってやった事あると思うんだけど、あれは何だったの?


「待て、斎紗菜! 条件変更だ! もし俺が勝ったら、俺にじゃなくて薫にパフェを奢れ!」

「はあ? どうしてそうなるのよ?」

「いいから、約束だ! 俺は自分の分は自分で払うから!」

「い、意味がわからないんだけど……さすが薫くんの友達ね。全く行動が読めないわ」


 若干紗菜も引いている。大丈夫、この発言には俺も引いている。

 ただ、これで〝さすが〟と言われるのも若干引っかかるのだが、今は触れないでおこう。


「まあ、負けるつもりないから、どっちでもいいわよ」


 紗菜も紗菜であっさりと条件変更を承諾してしまった。

 あれ、これでいうと、俺はどっちが勝ってもタダで高級パフェ食えるんじゃないか? というか、和春ってこんなにボケまくる奴だったか?

 俺の中でのイケメンハイスぺ男子こと佐久間和春のイメージがどんどん壊れていく……。


「薫、お前の為に……俺は打つぜ!」


 ぶん、と素振りして、なんだかすごくかっこいい感じで言われた。間違ってもキュンとはならない。

 そもそも、俺はどっちが勝ってもパフェ食えるのだけど……まあ、いいや。とりあえずさっさとこのよくわからない勝負を終わらせよう。これ以上変な方向に話が行く前に。

 そう思いつつ、緊張気味にミットを構えた。防具なしでのキャッチャーは怖い。ここは紗菜のチート的な運動能力とコントロール力に期待するしかない。


「こっちはいつでもオッケーだ! 来やがれ!」


 プレイボ~ル、と明日太が間の抜けた声で開幕宣言をしてくれた。

 本当は例の変化球を練習したいのだけれど、それだと隠し玉にならないので、ぶっつけ本番で何とかするしかない。最悪すっぽ抜けても、球種がストレート以外にあると警戒させるだけでも効果があるだろう。

 さて、一打席勝負だ。どう攻めようか。

 とりあえず、本当にミットに向かって投げられるかを確認したいので……外角低めいっぱいに構えた。

 それを見て頷き、紗菜が振りかぶって──投げた。

 シュッ、クィッ、バシィッという音ともに、俺のミットに球が収まっていた。

 本当に狙ったところに投げれるらしく、そのコントロールの良さには驚くばかりだ。人気野球ゲームのパワフルアマ野球だったら、きっと初期段階でコントロールがA以上あるに違いない。ただ、案の定手元で不規則に曲がるので、こっちはこっちで捕球ミスしそうなのが怖かった。

 一球目は様子を見たのだろうか。和春は全く手を出さなかった。


「おいおい、今の狙って投げたのか?」


 和春が呆れたように訊いてきた。


「一応そこに構えた」

「アウトローいっぱいを狙って投げれるって、ちょっと反則じゃね? ほんとに初心者かよ」

「俺もびっくりしてるよ……とりあえずストライクでいいか?」

「ああ、いいぜ」


 言って、和春が紗菜をじっと見据えた。

 さっきのおちゃらけ感がなくなり、完全に目つきがマジになっている。これは次あたりに本気で当ててきそうだ。


「ワンストライク! いい感じ」


 少し声を張って、紗菜にボールを投げ返した。

 紗菜は笑顔でガッツポーズをしてから、おそらくは無意識だろう。肩をぐりぐり回している。初心者の女の子に、あんまり全力投球させまくるのも良くないのかもしれない。なるべく早くケリをつけてやろう。


(さて、どうしてくれよう?)


 そんな事を考えている中、ふと、なんだかすっごく今楽しいなぁ、などと思うのだった。

 紗菜と出会ってから、毎日が楽しいことばかりが起こっている気がする。これが、斎紗菜が俺にもたらした変化なのだろうか。

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