第27話 薄ピンクの魔球②

「紗菜、お前今どうやって投げた?」


 ピッチャーマウンドまで行って紗菜に握りを訊いてみた。


「どうやってって、さっき佐久間くんから教わった投げ方よ?」


 こうやって、と言って彼女はボールの握りをこちらに見せた。人差し指、中指、薬指、親指と全ての指を縫い目に掛かっている。

 うん、やっぱりフォーシーム──普通のストレート──の持ち方だ。

 という事は、腕の振りとかが独特でムービングしてるという事になる。なんなんだよこの女は。スポーツ万能にしても程があるぞ。腹が立つ。チートかよ。


「ちょっともう一回投げてみて」

「……? いいわよ?」


 紗菜は少し首を傾げていたが、何も言わずにそのまま俺はホームベースまで戻った。

 こちらが構えたのを確認してから、紗菜がもう一度振りかぶって……投げた。

 ヒュッ。クイッ。スパン。

 今度はピンクの布は見えなかったのはいいとして──狙いは違わずボールが吸い込まれるようにミットに入ってきた。球速もさっきと同じくらいだ。そして、案の定、さっきとは違う方向に微妙に曲がっていた。完全にムービングボールだった。

 なるほど、さっきのキャッチボールで俺が捕球ミスしていた原因はこれだ。多分腕の振りだかに変な癖があって、それが原因で毎回無自覚に変化を掛けてしまっているのだ。


「おもっきり投げるのってこんなにもスカッとするのね! 楽しいわ、キャッチボール!」


 どうやら全力で投げて、なお且つコントロールも良いらしい。なんだこれ。女子日本野球業界に売り飛ばした方が良い人材なんじゃないか?

 ちなみに彼女が今やってるのはキャッチボールではなくてピッチングだ。キャッチャーミットを借りてきて欲しいくらいだ。手が痛い。


「うおお、斎さんすげえな! 燃えてきたぜ!」


 とか何んとか一人で考えていると、和春がなんか叫び出した。


「斎さん、さっき言ってた勝負だぁっ! 一打席勝負!」


 そして紗菜にいきなり勝負を持ちかけた。彼女の返事を待たず、借りてきたバットを持ってから打席に立っている。

 何を言ってるんだ、こいつは。それをしてどうなる。


「ええ、いいわよ! 負けたらどうする?」


 なんで紗菜も紗菜で乗り気になるんだよ。ピッチング初めてのくせに。そんなに楽しいのか。


「負けたらロイヤルモストの高級パフェを奢るぜ!」

「甘いわよ。こっちは初めてなんだから……そうね、高級パフェを薫くんと左藤くんにも奢るっていうのはどうかしら?」

「ぐ……高級パフェ三つ、だと? いいぜ、そのくらいの方がスリルもあって緊張感も出るな。その代わり、本気で行かしてもらうからな!」


 ビッとバットを紗菜に向けて宣戦布告する。

 お前な、女の子相手にムキになるなよ、と言いたいところだが、紗菜はもはや一般的な女子の運動能力を超えている。女の子ではあるけど、女の子扱いしていいのか、難しいところである。


「やった! じゃあ、あたしが打たれたら佐久間くんにパフェ奢りでいいわね?」

「決まりだな……泣いても遅いぜ?」

「そっちこそ。お金なくても貸してあげないわよ?」


 ゴゴゴゴゴゴゴ、と背景で音が鳴っていそうなくらい白熱したモードになっている。しかも賭けまで成立してるし。あれ、これってこんな作品でしたっけ?


「じゃあ、僕球拾い兼審判ね。ヒット性の当たりは和春くんの勝ちってことでいい?」


 明日太が一塁側の審判席に向かいつつ、訊いた。よくルールをわかっていない紗菜はこくこくと楽しそうに頷いていた。

 そこで、ふと気付く。おそらく、勝ち負けよりもこうして遊んでるって感じが楽しいのだろう。それだけ、きっと紗菜は寂しい学生生活を送ってきたのだ。

 ちなみに、和春からすれば遊びではない。ロイヤルモストの高級パフェは一個九百円で、結構高い。三人分ともなれば、消費税を入れれば三千円ぐらいかかってしまう。彼にとっては、真剣勝負という事だ。

 和春が何度か素振りして、バッターボックスに立った。こうして、初心者ムービングボーラー金髪ポンコツ聖女様VSイケメンハイスぺ男子高校生(最近残念になってきてるが)の一打席勝負が始まった。

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