第36話 明日太の追及

「最近、元気ないね」


 夕暮れの帰り道での事だった。紗菜と和春と別れてから、明日太と二人で歩いている際に、いきなり彼がそう切り出した。


「え? 俺?」

「薫もだけど、斎さんも、だよ」


 明日太は苦笑して、「気付いてなかったの?」と首を傾げた。ちょっとだけその仕草が可愛いと思ってしまったのはここだけの話だ。ショタ男子おそるべし。


「そうか?」

「そうだと思うよ。だって最近、二人とも奇声出してないでしょ」

「なんだそれ」


 奇声を出してない事が悪い事、みたいな言い方はやめてほしい。でも、明日太の指摘はあながち間違いではなかった。

 出会った頃はしょっちゅう『うがー!』だの『ごるぁ!』だの言っていた紗菜だが、最近ではそういった奇声を聞く機会が少なくなっていた。最後に聞いたのはいつだろうか。ゲームで負けた時にはたまに聞くけれど……でも、俺とのやりとりでそういった声を聞く機会は、ほぼなかった。

 それは俺も同じで、『ぶどろぐゔぇどぅぉー』と魂の嘔吐を放つ事がなくなっていた。最後にこれを言ったのは、きっとお弁当を最初に作ってきてくれた時だ。


「別に……そんなに特別な事でもないだろ。それだけ、紗菜が俺達に馴染んでくれたってだけさ」


 それもゼロではない。いや、きっとそうなのだと思う。

 紗菜は最初、男に慣れていなくて、思春期になってから仲良くなった男が俺だったから、色々ドキドキしていただけなのだろう。それがなくなったというのは、紗菜にとってきっと俺達が自然な存在になっていて、一緒にいて楽だという事なのだと思う。それが悪い事だとは、どうしても思えなかった。

 先日の草野球の時もそうだし、普段皆でゲームをしている時も、何なら一緒にご飯を食べて笑い合っている時も紗菜は楽しそうだった。俺達といて楽しくない、という事はないと思うのだ。


「薫は何でそんなに元気ないの?」

「別に、そんなに元気がないってわけじゃない。普通だ、普通」


 それは嘘だった。元気がないわけではないけれど、少し前のようにわくわくした毎日を送れていないのは事実だ。

 その理由はもちろん、紗菜との二人だけの時間がほぼ皆無になってしまって、彼女とのばかばかしいやり取りが減っているからだ。四人でいるのは楽しいはずなのに、物足りない……きっと、それが最近の俺の本音だった。


「斎さんとイチャイチャできないからじゃないの?」

「ブッ」


 いきなりとんでもない事をぶっこまれて、俺は思わず噴き出した。


「あのな! 俺らがいつイチャイチャしてたってんだよ!」

「割と最初の頃? こっそり手繋いでたし」

「うげっ……」


 まさか、あの廊下で手を繋いでいた時に見られていたとは。めちゃくちゃ恥ずかしい。


「最初は付き合ってるのかと思ったけど、そうでもないみたいだし……実際どうなの?」


 明日太の追及は手厳しい。一体どうしたというのだろうか。


「どうもなにも……お前も見ての通りの関係だよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ふぅん」


 明日太はつまらなさそうに口を尖らせていた。思わずキスしてしまいたくなるくらい可愛いからやめろ。男なんだからそういうのやめろ。俺に変な気を起こさせないでくれ。


「まあ、二人がくっつかないように和春が色々工作してるからなぁ」

「そうなの⁉」

「だって和春、薫の事大好きだからね。斎さんに取られたくないんだと思う」


 冗談だよ、と明日太は笑って付け加えていたが、冗談でもその方向性で話を持っていくんじゃない。割とリアリティがあるからやめてくれ。


「まあ、それは冗談として、斎さんも馴染んでくれてるとは思うんだけど、でもそれだと元気がない説明がつかないんだよねぇ」

「紗菜、そんなに元気ないか?」


 さっきもモックバーガーでモンハン(狩りのゲーム)をして一緒にはしゃいでいて、その時はいつも通りだった。少なくとも、元気がないとは思わなかった。


「うん、とっても」


 しかし、明日太は断言するように言う。もともと物事をあまりはっきり言うタイプではない彼が断言するのだから、おそらくそう感じる時があるのだろう。

 一方の俺は、紗菜がそうして寂しそうにしているのに気付けないでいた。これには原因があって、俺が紗菜を凝視するのを避けているからだ。あまり紗菜を見すぎると、俺自身どんどん自分を抑えられなくなりそうで、辛くなってしまうのである。彼女がゲームや何やらで楽しそうにしているのを、横目でこっそり盗み見ているだけの時が多くなっている。


「確かに、普段は明るいよ。楽しそうだと思う。でも、僕は同じクラスで教室でも一緒だからわかるんだけど……一瞬だけ、ほんとに一瞬だけ、すごく寂しそうにしてる時があるんだ」

「女友達がいないからか?」

「うーん……でも斎さん、同性の友達が欲しいとか言った事あるっけ?」

「ない、な」


 教室での紗菜。それは、俺や和春が知らない、明日太だけが知っている紗菜だった。どうして彼女が寂しそうにしているのか、俺には見当もつかない。


「僕は、それは薫のせいじゃないかって睨んでるんだけど」

「え、俺? 何で?」


 そう訊くと、明日太はこれでもかと言うくらいに大袈裟に溜め息を吐いた。


「まあ……七夕の時は無理かもしれないけどさ」


 質問に答えないで、彼は呆れた表情のまま続けた。


「花火大会の時は、何とか二人で抜け出しなよ。和春は僕に任せてさ」


 そして、こちらを見て優しく笑うのだった。


「……わかったよ」


 明日太が何を言わんとしているのかは、わかった。わかったけれど、本当にそうなってしまって良いのだろうか。この四人の関係を変えてしまっても良いのだろうか。

 俺にはその判断がつかないのであった。

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