第3話 学園の聖女様から心中自殺を提案されたんだが、どうすればいい?

 六限目の授業が始まって、一五分程経った頃である。ようやく聖女様も落ち着きを取り戻してきたようで、暴言は吐かなくなった。

 そのまま無言で自販機の前まで行ったかと思うと、SUIKAを使ってカフェオレを買っていた。SUIKAは鉄道会社が作ったICカードだ。予めカードに入金すれば、電子マネーとして扱える。


「あなたは? どれがいい?」


 いきなり冷静になった斎さんが訊いてきた。


「買ってくれるのか?」

「ええ。好きなの選んでいいわよ」

「じゃあ、ブラックコーヒーで」


 俺の返答を聞くや否や、彼女はもう一度SUIKAを自販機に当てて、ブラックコーヒーを買った。そのブラックコーヒーを乱暴に投げてよこすので、落とさないようにキャッチする。


「ありがとう」


 そういえば、彼女は財布に諭吉を二枚も入れていた。もしかしたら家が凄く金持ちで、お小遣いをたくさんもらっているのか、或いはそのルックスを活かして良くないお金の稼ぎ方をしているのかもしれない。今までなら全くそんな事を思わなかっただろうが、彼女のさっきの汚い言葉遣いや態度を見れば、その可能性も考えてしまう。

 まあ、どんな金だろうがもらえるものはもらっておくのだけど。そう思いながらコーヒーを口に含んだ。


「味わって飲みなさいよ?」

「斎さんの奢りだから?」

「違うわよ」

「え?」

「あなたがその短い人生で最後に味わうものの味だからよ……!」


 メキメキ、という音を立てて、彼女が握っているカフェオレの缶の形が歪んでいく。

 斎さんは全然冷静になっていなかった!


「はい⁉」


 待って、俺殺されるの⁉ ていうか殺す気満々⁉


「あたしね、良い事を思いついたのよ。仮にあなたしかあたしの秘密を知らないというのなら……そう、あなたをこの世界から消してしまえばいいのよ! 今この瞬間に!」


 さらっと飛んでもない事を言っている!


「ほら、ちょうど屋上じゃない? あなたが飛び降り自殺をした事にしてくれれば、全て解決! 最高だと思わない?」


 聖女様スマイル……のはずだが、もうどっからどう見ても魔王の笑顔にしか見えなかった。


「いやいや、待てって。状況証拠的に真っ先に君が疑われるだろ」

「あっ……」

「あの時君が俺を屋上に引っ張っていくのは色んな人が見てる。俺がここで死んだら真っ先に疑われるのは君だぞ」


 至極全うな反論をしてみる。俺を自殺に見せかけるにしては、あまりにも目撃証拠が多すぎだ。いや、死にたくないけども。


「じゃあどうすればいいのよぉぉぉ……」


 すとんと座り込んだかと思えば、膝に額を押し付けて泣き出した。

 親切な事しかしてないはずなのに、俺なんでこんなに恨まれてるの? おかしくない?

 大きな溜め息を吐きながら、俺は彼女の横に腰を下ろした。もちろん、人三人分くらいの距離を空けている。


「ねえ、どうしたら死んでくれる? 帰りに電車に飛び込んでくれたりしない?」

「しねーよ」


 なんという要望だ。ひどすぎるだろう。


「わかったわ! 一緒にここから飛び降りましょ⁉ そしたらあたしとあなた二人ともがこの世界から消えるから、秘密は永遠にバレないじゃない?」


 名案とでも言いたげなくらい輝かしい笑顔で提案してくるが、話している内容はあほそのものだ。斎さんって成績優秀で頭も凄く良いって聞いてたんだけど……おかしいな。実はアホだったのか?


「あの恥ずかしいピンプリを残したまま死んだら、死後ずっと笑われるぞ。なんだったら遺影に使われるかもしれないな? 良い笑顔だったし」

「ぐがあああああああああああああ!」


 また彼女は容姿に似つかわしくない奇声を発して立ち上がったかと思うと、今度はあの恥ずかしいピンプリをビリビリにちぎって破り捨てた。

 細切れにされたピンプリは、大空へと舞っていく。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をしながら、彼女はまるで歴戦の戦士が死地を乗り越えた時のように、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。


「これでどうだごるあああああ! あーはっはっはっ!」


 響き渡る怒号と高笑い。

 もう俺は何にどう反応すればいいのか、さっぱりわからなかった。


「これでブツはなくなったわ」

「そうだな」

「じゃあ、今から一緒に死にましょ?」

「だから死なねーよ!」


 チッと舌打ちをする斎さん。

 もうキャラ崩壊もいいところだろう、この子。聖女様どこ行ったんだよ。


「ねえ」

「あ?」

「おもいっきり殴れば本当に記憶って飛ぶのかしら?」


 グーを作って、俺と拳を見比べる。


「やめろ。それただ俺が痛いだけだから」

「記憶が飛ぶまで殴ればいいんじゃない?」

「それ、お前が捕まるぞ」

「……そうだった」


 がっくりと肩を落として、また自販機にもたれかかって座った。


「最悪よ、あんなのさっさと捨てればよかった」

「何で残しておいたんだよ」

「だって……びっくりするくらい写りがいい写真がたくさん撮れたから、惜しくて。あたしって鏡で見るよりこんなに綺麗に撮れるんだ~とか感動してて、それで見られるとか本当に最悪すぎて笑うしかないわ。もう早くバカにしてよ、こいつピンプリ撮ってやがんのだっせぇキモイって大笑いしてよ」


 今度は凄い自虐が始まった。大丈夫か、聖女様? もしかして躁鬱?


「いや……プリクラって、顔面が加工されるから、多分誰が撮っても通常の三割増しで綺麗になるんじゃないのか?」

「え……?」


 まるで初耳だとでも言わん顔で、驚いた表情を向けてきた。アクアブルーの大きな瞳がぱちくりしている。


「そう、なの……?」

「そうだよ。つか……知らなかったの?」


 斎さんは言葉を詰まらせて暫く沈黙した後──


「ぎゃああああああああああああ!」


 膝を抱えて座り込み、また叫んだ。

 もうダメだこいつ。躁鬱だろ、絶対。病院が来てくれ。俺の手に負えない。

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