第8話 親友には嘘が見抜かれていた

 六限終了のチャイムがなって教室に戻った俺は、まあ散々な目に遭った。質問攻めである。

 本当に面倒だったが、これも俺が親切心を出して財布を届けてしまったせいだ。諦めるしかあるまい。

 とりあえず、打ち合わせ通りにPIBGのフレンドだった事で彼女が驚いてしまった、そこから連れ去られた、それだけで何もない、さっきの時間はもう授業が始まって戻り辛くなったので、時間を潰しただけだと強く主張した。

 俺なんぞのモブキャラ男子にあの聖ヨゼフ学園の聖女様・斎紗菜が何かを起こすはずがない、という事をみんなが納得するまでは早かった。それはそれで少し悲しいものがあるが、変に話がこじれずに済んでよかった。

 それどころか、『斎さんもPIBGなんてやるんだー!』とみんなからの斎さんの好感度は急上昇だ。手の届かないお嬢様だと思っていれば、実は意外なゲームをしていた事で親近感を覚えたのだろう。PIBGだけでなく『ふんがー!』とか『うがああああ!』とかの奇声も上げるぞと教えてやりたい気持ちをすんでのところで押し留める。

 とりあえず、そんなこんなで、話は静まった。身分差がありすぎた事でそれほど話は尾を引かなかったので、安心である。

 そうこうしてホームルームが終わり、俺は親友の佐久間和春さくまかずはると一緒に逃げるように学校を出た。これ以上質問攻めを食らうのは御免だった。


「で? 本当のところはなんだったんだ?」


 学校の帰り道、和春がニヤニヤしながら訊いてくる。

 和春とは聖ヨゼフ学園に入ってからの付き合いで、今では一番の親友だ。髪は少し長めのツーブロックで、背も高くてイケメン。女生徒からも人気はあるが、何故か彼女を作らず俺といつも遊んでいる謎の男だった。彼も高等部からの入学組なので、俺と同じ外部生という事になる。

 俺達は大体いつも一緒に過ごしており、下校相手も大体いつもこいつと一緒だ。今日もいつもの流れで一緒に帰ったのだが、今日だけは避けた方がよかったかもしれない。


「別に、たまにはいいかなって思ってやってみただけだよ」

「ほう。たまたま、な? あの野良パーティー嫌いのお前が野良をやっていた、と」

「ぐ……そうだよ」


 そう。こいつだけは、俺と付き合いが長い事もあって、俺の話に嘘が混じっている事に気付いている。和春は俺がPIBGの野良パーティーが嫌いな事を知っているのだ。

 それは、初めての野良パーティがパキスタン人と台湾人だったというのもあるが、それ以降日本人同士でやっても、全然楽しくなかったのだ。以降、俺はソロか、和春などの友達と一緒にやる時しかパーティープレイはしない。

 そもそもPIBG自体最近はめっきりプレイしなくなっている。そんな俺が野良パーティープレイをして、しかもその相手が偶然この学校の聖女様だったなんて、有り得ないにも程があると思っているのだ。全くその通りなので、ぐうの音も出ない。


「ほう? で、偶然あの斎紗菜嬢とパーティーになった、と」

「そう」

「で、お前はボイスチャットから斎紗菜嬢だと見抜いた、と」

「そう」

「で、見抜いたお前は、わざわざそれを、斎紗菜嬢のところまで言いに行った、と」

「……そう」


 そこで和春がニヤリと笑った。


「途中までは百歩譲ってあるとして、最後のところは明らかにお前のキャラじゃないよな?」

「ぐ……」


 そうなのだ。仮に、本当にPIBGで斎さんと知り合っていて、俺が斎さんだと気付いたとしても、それを本人に確認しに行くなんて事を俺がやるはずがないのだ。しかも、相手はあの斎紗菜だ。そんな冒険を俺がするはずがない。ここを突っ込まれた時の言い訳ができないのだ。

 そんな時である。ぴこんとLIMEのメッセージが届いた。

 スマホを見てみると、斎紗菜の名前と、彼女からのメッセージがポップアップで表示された。

 メッセージは『何とかなったわ。すごく疲れたけど。そっちは?』とだけ書いてある。


「おいおいおい、マジかよ⁉ お前、あの斎紗菜とLIME交換したのか⁉」


 和春が俺のスマホを覗き込んで驚きの声を上げた。


「ば、バカ! 声がでかいって! つーか人のスマホ盗み見るな!」


 慌てて周囲を見る。よかった。近くに生徒がいなかった。

 にしても、斎さん、送ってくるタイミング悪すぎだろう。


「別に……成り行きで交換しただけだから」


 これは嘘ではない。完全に成り行きだ。俺は交換などする気はなかった。


「すげえ、すげえよ……薫。俺、お前をPIBGに誘ってよかったよ……」


 俺にPIBGで一緒に遊ぼうと言ってきたのはこの和春だった。最初の頃は凄くやり込んだのだ。

 ああ、そうだよ。色んな意味でPIBGやっててよかったよ。言い訳的な意味でな!

 この後も和春からの追撃は続いたが、知らぬ存ぜぬで通した。

 例え嘘だとバレていたとしても、嘘は嘘と認めなければ真実だ。少なくとも、彼女の立場の為にも、俺は嘘を吐き続けてやらなければいけないと思っていた。


(なんで俺はこんなに斎紗菜に気を遣ってるのかなぁ……)


 正直、ここまで付き合ってやる義理はない。

 でも……俺は、彼女が気になってしまっていたのだ。早く彼女に返事をしたいと思ってしまう程度には、気になってしまっている。これは自分にも嘘を吐けない本心だった。

 和春が自販機でジュースを選んでいる際、LIMEを開いて斎さんへとぱぱっと返信を打ち込んだ。


『俺もアホほど疲れたよ。一応何とかなったけど、失言には気をつけろよ。ピンクプリンとか』


 すると、すぐに返事がポップアップで表示された。


『殺す!』


 ポップアップ通知は消しておいた方が良さそうだな、と溜め息を吐いた。

 全く、とんだ一日だ。

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