第14話 俺のリロードは革命(レボリューション)だ!

 先ほどはちょっと良い感じになってしまったが、お互いの奇声によってその雰囲気は完全にぶち壊しとなった。

 なに、単純に俺達にはまだ早かったのだ。思えば、昨日初めて話したばかりの関係で、ほぼ初対面だ。紗菜に至っては、昨日初めて俺という個体を認識したレベル。ろくに男と話した事もない子が、そんな人間と出会った翌日にキスするというのはさすがにハードルが高いだろう。俺にしたって大差ない。聖ヨゼフ学園の聖女様とどうこうなれるほどの器ではないのだ。

 では、そんなさっきキス寸前まで行った俺達が二日連チャンで授業をサボって何をしているのかと言うと……


「いよっしゃー! 見たか、あたしのヘッドショットを!」

「すげえな、この距離で当てれるのか」

「あーはっはっはっ! あたしにM二四使わせたら右に出る奴はいないっつーの!」


 スマホFPSゲームのPIBGで遊んでいた。今彼女とやっているのはPIBGのペアモードだ。二人でチームを組んで、協力し合って生き残る事を目標とする。

 ペアモードは今まで和春としかしなかったのだが、組む人間が変わるとこうも戦い方が変わるのか、とゲームの幅広さを痛感させられた。和春とプレイする際は、お互いに協力し合いながら周囲の敵を倒していくのだが、紗菜とプレイする場合は俺が完全に護衛兼補給要員だ。彼女がアタッカーとしてどんどん攻めていくから、俺はその後援で弾薬を探し回ったり、彼女の狙撃中に近付く敵兵を倒したりする役割になる。

 というより、このポンコツ聖女様、勉強もスポーツもできるかと思えば、PIBGもめちゃくちゃ上手い。今なんて、俺の視界からでは全く見えない敵を狙撃でヘッドショットしやがった。天才かよ。

 ただ、そんな上手い彼女にも、プレイスタイルには問題がある。


「あ、待てって。そんな一人で前に出たら……」

「大丈夫よ。あそこに突っ立ってる間抜けもついでに仕留めてやるわ」


 俺がまだ確認していないところまで勝手に突き進んでいってしまうのだ。そして──


「ちょ、ちょっと! なんでこんなとこに敵がいるのよ! やばい、死ぬぅ!」


 こうして、伏兵やら偶然居合わせた敵ペアにハチの巣にされてしまうのである。今は二人のペアに出くわして、集中砲火を浴びているところをぴょんぴょん飛び回って被弾を避けている。

 あれだけ撃たれているのに死なないのもある意味凄い。彼女は狙撃だけでなく回避術も上手かった。どこでそんな技術を学んでいるのだろうか。


「ぎゃー! 気絶させられた! 薫くん、助けて!」

「ああ、もう、言わんこっちゃない……ちょっと待ってろ」


 俺は愛用のリボルバー型ハンドガンのナガンM一八九五を装備して、紗菜の救出に向かう。気絶している紗菜にとどめを刺さんとしている敵に、後ろからこっそり近付いてサイレンサーをつけたM一八九五で、ヘッドショット。すぐさま武器をサブマシンガンのUPM四五に持ち換えて、全弾をもう一人の敵に打ち込んで瞬殺してやった。


「へえ、やるじゃない! さすがあたしのサポーターね」


 俺の戦いぶりを見て、紗菜が感心したように言う。我ながら上手い事立ち回れたと思っているので、ちょっとドヤ顔になってしまった。

 それにしても、サポーターって……完全に補助員扱いかよ。間違いないから良いけど。

 サポーターらしく索敵をしながらアイテムを回収するついでに、気絶している紗菜のところまで行って治療アイテムを使ってやる。


「助かったぁ。ありがとう!」

「あのな、さっきも言ったけど、もうちょっと慎重に進んでくれよ」

「うぐ……わかってるわよ」


 彼女がこういった状況で瀕死に陥るのは、このプレイだけでも三回目だ。俺が死んだら即終わるぞ、このペア。


「紗菜、ソロでほとんどドンかつしたことないだろ」

「え、なんでわかるの⁉」

「そりゃ、戦い方見てれば、な……」


 ドンかつとは、このゲームで最後まで生き残る事を意味し、このゲームではドン勝が唯一の勝ち。それ以外は敗北という形になる。それなりに慎重さも持ち合わせていないと、最後まで生き残る事はできないのだ。

 紗菜は確かにめちゃくちゃ上手いのだが、プレイスタイルが攻撃に特化しすぎていて、死角からの攻撃にめっぽう弱い。というか、周囲の警戒を怠り過ぎていて、攻撃された時に弱いのだ。攻撃全振りみたいなプレイスタイルの女だった。全然女の子らしくない。いや、PIBGで言う女の子らしいプレイがどんなものなのかは知らないのだけど。

 ちなみに、ドン勝の由来だが、PIBGの英語版の勝利メッセージで「WINNER WINNER CHICKEN DINNER!」と表示されているところを、日本版では「カツ」と「勝つ」を掛けて、「勝った! 勝った! 夕飯はドンかつだ!」と表記しているそうだ。勝ったからカツ丼パーティーしようぜ、という意味合いにしたのだとか。意味がわからないと思うが、海外発端のゲームなので、深いところは気にしてはいけない。


「まあ、その通りなんだけど……でも、あなたがいれば安心でしょ?」

「え?」

「だって、あたしがミスっても薫くんが助けてくれるじゃない」


 言いながら、とても綺麗な笑顔でこっちを見て来る。なんだか、信頼されてるみたいで少し恥ずかしい。

 さっきみたいに緊張して奇声を発するでもなく、自然に笑いかけて、こうして楽しく会話ができる。今の俺達には、こういうペースでいいのかもしれない。こんな会話ができるだけでも、援護している甲斐があるというものだ。

 もちろん、こうして頼られているのも、ゲームの中だけの話なのは重々承知している。でも、ただのゲームだとしても、こうして彼女に頼られるのはなんだか嬉しかった。他に彼女に勝てそうなものって俺にはないし。


「あ、ねえ。さっきから疑問なんだけど、なんでM一八九五がメイン武器なの? 他の武器の方が良くない?」

「リボルバーは男のロマンなんだよ」


 これだから女ってやつは、と肩を竦める。リボルバーのロマンはきっと男にしかわからないのだ。リロードの時間だとか、弾を一発一発装填していく緊張感など、マグチェンジでは到底味わえない。


「俺のリロードは革命レボリューションだ!」


 言いながら、M一八九五に弾を装填してやった。


「……アホなの?」


 そんな俺を見て、紗菜は若干引いていた。くそ、このネタがわからないなんて……これだから女はダメなんだ。


「レボリューションもいいけど、足引っ張らないでね」

「お前な、俺に三回くらい命救われてるの忘れてないか?」

「あ、見て! ほら、あと三ペア倒せばドン勝よ!」

「話聞けよ!」

「さあ、雑魚ども出てきなさい! 全員あたしが相手してやるわ!」


 そう言って、彼女はまた戦場を駆けていく。


「だから、もうちょっと周り見ろって……」


 俺は大きな溜め息を吐きながら、そんな彼女の後を追うのだった。

 横目で盗み見た彼女の表情は、本当に楽しそうだった。まるで小学生がゲームに打ち込んでいるような、そんな無邪気な笑顔。いつものお淑やかな聖女様からはかけ離れているが、きっとこれが彼女の素なのではないだろうか。

 結局このプレイでは、俺達のペアが最後まで生き残った。勝った瞬間に嬉しそうにハイタッチをしてきた紗菜の笑顔が印象的だった。

 もしかすると、彼女は……こうして友達と遊ぶ事すら、随分久しぶりだったのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る