第11話 ぶどろぐゔぇどぅぉー

 斎紗菜の手を取ったまま、購買めがけてどんどん進む。

 すごい、まるで世界が変わったようだ。明るい。眩しい。紗菜と二人で歩く廊下がこんなに綺麗な世界だったとは思わなかった。

 聖女様の放つ綺麗な光が俺を包んでいるからだろうか。これが同じ学校だとは思えない。なんだか色んな人がこっちを見ているが、全く気にならなかった。

 きっと、俺はこの時、脳内麻薬が分泌し過ぎていて、完璧におかしくなっていたのだと思う。ランナーズハイというやつだ。廊下を歩いてる際の視線も、ぼそぼそとした話声も、全く気にならなかった。

 若者故の無敵感というやつだろうか。今なら気功波だって出せそうだ。気合を入れるだけで金髪にだってなれる気がしてくるから恐い。

 今俺の中にあるのは、胸の高鳴り。紗菜の鳥かごをぶち壊してやったという充実感、そして彼女の本当の笑顔を見れた喜び。それらが胸の中を満たして、完全に俺の感覚を壊していた。

 しかし、そんな脳内麻薬はいつまでも続くわけがなく──購買についた瞬間、ようやく異変に気付いた。

 購買に群がっていた連中が、こちらに気付くと一気に黙り込んだのだ。それはまるで信じられないものを見ているような顔だった。おそらくあれだ。人類がプレデターの仮面を外した瞬間を見たときの表情と言えばわかるかもしれない。

 本来、喧噪しかないはずの昼休み時の購買。しかし、まるで夜中の学校のような静けさがそこにあって、その冷たさが一気に俺を現実へと引き戻した。


(あれ……? なんだこれは)


 まるで射精後の賢者タイムのように、一気に冷静さが戻ってくる。

 ふと横を見てみると、紗菜が耳までまっかっかにしたまま、顔を伏せていた。そして、俺と紗菜の間には……繋がれた、手。恋人同士みたいに、がっちりと指まで絡め合いながら、二つの手が繋がれていた。

 しばらく時間が停止した。状況が全く理解できていなかった。

 そして、俺はB組で自らがやらかした事を思い出す。この手繋ぎを見せびらかして購買まで歩いてきた事も、ついでに思い出した。

 そして──


「ぐがああああああああああああ! なんてことしてるんだ俺はああああああああああああああ!!」


 頭を抱えて崩れ落ち、奇声を上げていた。


「ちょ、ちょっと⁉ こんなとこでいきなり奇声あげないでくれる⁉」

「うわあああああ死んだあああああ俺完全に死んだぁぁぁぁぁ終わりだあああああ!」

「落ち着きなさいよ! どうしてあなたが奇声あげてるわけ⁉ っていうか叫びたいのあたしの方なんだけど⁉」


 紗菜が慌てて屈んで、俺の肩に触れた。彼女に触れられた部分が一気に熱くなる。

 紗菜が心配そうに俺を見ていて、青くて綺麗な瞳がすぐ近くにあって、そしてその彼女の手が俺の肩に添えられていた。その事実を認識した瞬間、どうしようもない感情が胃の中から込み上げてきた。

 そして俺は──


「ぶどろぐゔぇどぅぉー」


 奇声を発していた。


「音声化するのが難しいようなエグイ声出すのやめなさいよ!」


 紗菜が泣きそうになりながら突っ込んでいるが、俺の感情の嘔吐は止まらない。


「ぶどろぐゔぇどぅぉー」

「薫くんが壊れた……」


 紗菜が必死に背中を摩ってくれたお陰で、はあ、はあ、と何んとか呼吸を取る。まるでゲロを一三時間くらい吐き続けたような嘔吐感を覚えていた。この感覚はあれだ。中学生の頃にかかったノロウイルスだ。あの時も半日くらい吐き続けた記憶がある。


「ごめん紗菜、俺もう新製品のパン食べれる食欲ない……」

「もうあたしもそれどころじゃないわよ……とりあえず、ここから離れましょ?」


 俺は紗菜に引きずられるようにして手を引かれ、購買を離れた。完全にさっきと立場が逆になっていた。

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