〈第43話〉 舞踏会へ出発しました
舞踏会の会場へ向かう馬車の中、アメリアは緊張で震えていた。
社交場への参加は生まれて初めてだ。
しかし、この日のために短時間ではあるが、クラウドの母グロリアに礼儀作法やダンスの練習をみてもらった。
礼儀作法はそれほど問題なく、ダンスはぎこちなさが残るものの、社交界で恥をかくほどではないと言われている。
それに、出発前にも……。
「アメリア様、とてもおきれいですわ」
「きっと、会場中の視線はアメリア様に釘付けですわね」
仕度をしてくれたルニとミリーが誇らしげに微笑む。
身に余る賛辞を受けて、アメリアは散々醜いと言われた自身の容姿を鏡に映す。
そこには、ずっと憧れていたきれいな姿をした自分がいた。
「アメリアちゃん、あなたは本当にきれいよ。だから、自信を持って行きなさい」
「グロリア様、ありがとうございます」
グロリアの優しい言葉に、亡き母の面影が重なった。
化粧をしているから泣いてはいけない。
必死で堪えようとしていたのに、あたたかい手がアメリアの手を握った瞬間、涙がこぼれた。
「あらあら、どうしたの。ルニ、ミリー、少しお化粧直しをしてあげて」
「す、すみませっ……グロリア様やルニ様、ミリー様が本当にお優しくて……私、自分がこんな風にきれいなドレスを着て、化粧をする日が来るなんて……夢のようで、嬉しくて」
「アメリアちゃんったら! 初めての舞踏会だもの。誰よりもかわいく、美しくしましょうね」
何故かもう一度気合を入れてくれたグロリアとメイド二人に化粧を直してもらい、アメリアは今度こそ笑顔で三人に見送られて出発した。
「張り切って着飾りすぎたかしら……? クラウドが心配ね」
なんて言葉をグロリアがこぼしたことに、着慣れないドレスを踏まないように気を付けていたアメリアは気づかなかった。
そして、アメリアの乗った馬車は舞踏会が開催される会場へと到着する。
すでに会場前には馬車の列ができており、着飾った紳士淑女の姿が見えた。
クラウドは騎士団関係者のみの小規模な舞踏会だと言っていたが、騎士団組織自体が小規模であるはずがなかった。
馬車の小さな窓から見える会場となる城も、かなり大きい。
不安と緊張で心臓が早鐘を打つ。
(きっと、大丈夫。グロリア様がせっかく教えてくださったのだもの)
深呼吸をして、アメリアは馬車の扉が開くのを待った。
早くクラウドの姿を見て安心したい。
その願いが通じたのだろうか。
ノックの音が響き、開かれた馬車の扉。
その先にいたのは御者ではなく、クラウドだった。
それも、勲章が輝く式典用の騎士服を着て、普段の何倍もかっこいい姿だ。
いつもはそのままにしている短い黒髪も、今日は後ろに撫でつけて、精悍な顔立ちがよく見える。
数日ぶりに見るクラウドがあまりにかっこよくて、アメリアは言葉を失っていた。
対するクラウドも、アメリアに手を差し出した格好のまま、固まっている。
「ちょっと、あなたたちいつまで見つめ合ってるつもりかしら~? もうすぐ舞踏会始まるわよ」
呆れたジュリアンの言葉にハッとして、アメリアは慌ててクラウドの手に手を重ねる。
手袋越しだというのに、クラウドの熱が伝わってきて、ドキドキしてしまう。
そして、クラウドがぎこちなくもエスコートしてくれて、アメリアはようやく馬車から降りた。
「すまない。あまりにアメリアが美しくて、見惚れていた」
そう言って、クラウドは真っ赤な顔で目を逸らす。
その言葉を聞いて、アメリアもまた顔に熱が集まってくる。
「そのドレスも、アメリアにとてもよく似合っている」
アメリアが身に着けているドレスや装飾品はすべて、クラウドからの贈り物だ。
腰から裾にかけて青から紫へとグラデーションになった美しい色合いで、スカート部分は三枚の層になっており、動くと花弁のように広がる。
夜会用のドレスのため、少し気恥ずかしいが胸元は開いたデザインだ。
そして、クラウドの魔力が込められたイヤリングと揃いのデザインで、赤いサファイアのネックレスがアメリアの胸元で輝いている。
クラウドの瞳と同じきれいな赤は、アメリアの白く滑らかな肌によく映えていた。
貴族令嬢としては短い肩まで伸びた青紫の髪も、ふわりと巻いて赤いアネモネの花飾りをすれば見た目も華やかで可愛らしい。
「似合いすぎて、俺以外の男に見せたくない……くそっ、本気で今すぐ屋敷に連れ帰りたい」
独占欲をにじませた言葉に、鼓動が速まる。
しかし、それならばアメリアも他の女性にこんなかっこいいクラウドを見せたくはない。
昼間は表彰式と祝典が開催されていたと聞く。
今夜の舞踏会も、その延長線上にある。
クラウドの正装姿を最初に見ることができなかったのが悔しいと思ってしまった。
「私も、クラウド様がかっこよくて、見惚れてしまいました。こんなに素敵な騎士様はクラウド様以外にはきっといません。ですから、その、私も他の女性の方にはあまり見てほしくありません」
「……ぅぐっ! か、可愛すぎる、反則だ」
「クラウド様っ!? 大丈夫ですか?」
突然クラウドが胸元を押さえて呻いたので、アメリアは慌てた。
しかし、ジュリアンに心配ないと言われてしまう。
「大丈夫よ。いつものやつだから。しばらくしたら戻ってくるでしょ」
「いつも? いつもこのように苦しんでいるのですか!?」
「苦しんでるっていうか、悶えてるっていうか……とにかく、心配ないわ」
大したことはない、とジュリアンが笑うのでアメリアも渋々頷いた。
「それにしても、アメリアちゃんが元気になってくれて本当によかったわ。あの後、クラウドを抑えるの本当に大変だったのよ」
「どうしてですか?」
「アメリアちゃんが目覚めるまでクラウドは常に殺気立っていて、報告に行ったあたしにまで魔眼を向けてきたのよ? たまに騎士団に来たかと思ったら、花に願掛けしてるから部下まで真似しだして……今じゃ騎士たちも胸元に花を飾って話しかけるようになって、本当にアレどうにかならないかしら……まあ、騎士団に花壇が増えたのはいいことなのかもね」
はあ、というジュリアンのため息とともにこぼされた愚痴に、アメリアはなんと返せばいいのか分からなかった。
とにかく、アメリアが目覚めたことで、ジュリアンの心労も少しは減ったのだろうか。
それなら嬉しい。
アメリアはジュリアンに笑顔を向けるが、それはすぐにクラウドの背中に遮られた。
「それ以上アメリアに情けない話を聞かせるのはやめてくれ」
「あら、どうして? アメリアちゃんはクラウドの奥さんになるんだから、これからは騎士団の様子も知っておいてもらわないと」
ジュリアンの言葉に、アメリアもクラウドも二人して顔を赤くする。
同じ屋敷で過ごしていても、将来の約束をしていても、まだクラウドの妻になる実感がなかった。
正式な求婚をまだ受けていないからだろうか。
それでも、改めて他人に言葉にされると急に現実味が湧いてきて、胸がいっぱいになる。
「やだ~、もう。二人とも可愛すぎでしょ。じゃあ、これ以上邪魔するのはやめておくわね」
そう言って、ジュリアンはひらひらと手を振って会場へと消えていった。
「アメリア、その、俺たちも行こうか」
「はい、クラウド様」
クラウドの腕に手を添えて、アメリアはきらきらと輝く舞踏会会場へと足を踏み入れた。
心臓はドキドキと落ち着かず、クラウドと二人そろって頬を染めたまま。
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