〈第19話〉 騎士様の婚約者(?)に連れ出されてしまいました
早朝、アメリアは先に眠ってしまったことを反省しながら朝食を作っていた。
とはいえ、この家には食材も調味料も多くはない。
それも当然だろう。クラウドが料理する姿など想像もできない。
(食材を買いに行くことはできるでしょうか……?)
卵とソーセージを焼いて、軽く塩で味をつける。
サラダとフルーツを添え、アメリアは考え込む。
買い物に行くといっても、今、アメリアはお金を持っていない。
家を出る時に持ち出した財布や荷物はローレンスが預かるといって、そのままだ。
アメリアが持っているのは母のペンダントだけ。
「ん? なんかいい匂いがする」
「おはようございます、クラウド様」
寝ぼけまなこのクラウドに、アメリアは笑顔を向けた。
「おはよう、アメリア」
そうして二人で食卓につき、朝食をとる。
クラウドは目の前の料理をキラキラとした瞳で見つめ、一口食べては感激してくれた。
「まさか、この家でこんな美味しい朝食が食べられるとはな」
「あ、ありがとうございます」
ただ塩をふって焼いただけの簡単な料理で、こんなに喜んでもらえるとは。
恐縮しながらも、アメリアは嬉しくて礼を言う。
「そういえば、食材はまだあったか」
「えっと……その、クラウド様。差し出がましいお願いかもしれませんが、昨日と今日ですべて使い切ってしまいました。それで、その……」
「やはりか。それなら、俺が買って帰る。何が必要だ?」
「えっ、クラウド様が? でも、お忙しいのではないのですか」
「アメリアの手料理が食べたいのは、俺の我儘だからな」
なんだろう。この甘い空気は。
一緒の家に住んでいて、同じ食卓で朝食をとる。
それも、アメリアの手料理を美味しいと笑顔で言って食べてくれる。
まるで夫婦のようだ――なんて想像してしまって、アメリアはドキドキと落ち着かない。
これ以上クラウドを見ていられず、俯いた。
しかし、クラウドからの視線はずっと感じていて、余計に顔を上げられなくなった。
「それじゃあ、俺はそろそろ仕事に行く」
そう言ってクラウドは立ち上がり、出発の準備を始めた。
アメリアも慌てて食器を片付け、クラウドを見送った。
***
「さて。この力をクラウド様の仕事に役立てたいと思っても、どんな任務か分からなければ何もできませんね」
クラウドに尋ねても、きっと答えてはくれないだろう。
だったら、自分から調べるしかない。
「猫の姿なら、怪しまれずに騎士団屯所へ行けるでしょうか」
どうやってこっそりクラウドの仕事を手伝おうか、と悩んでいたアメリアの耳に誰かの声が聞こえてきた。
「クラウド~、いる?」
ドンドン、と扉を叩く音がした。
アメリアはびっくりして固まる。
「開けるわよ?」
しかし、この一言ですぐに花の姿に変わった。
宣言通り、鍵を開けて入ってきたのは、先日クラウドを送り届けたあの女性だった。
この家の合鍵を持っていることからして、かなり親密な仲であると分かる。
彼女がクラウドの大切な人なのだ。
アメリアは胸の痛みに蓋をして、彼女をじっと観察する。
金茶色の長髪は一つに結んで背に流し、クラウドと揃いの赤い騎士服を身にまとっていた。
騎士服を着ているせいか、女性らしい曲線も膨らみは目立たない。
というか、まったくない。
女性にしては少し低めの声色にも、喉ぼとけにも、突然の訪問に緊張しているアメリアは気づかない。
女性騎士で、クラウドの婚約者だと思いこんでいるアメリアは、ただただ彼女が早く去ってくれることを祈っていた。
「うわ、いないじゃない。あの馬鹿、約束忘れてんじゃないわよ」
ブツブツとクラウドへの悪態を吐きながら、彼女はふとベッドに横たわるアメリアに目を向けた。
「たしかに、とてもきれいな花ねぇ……でもこれ、普通の花じゃないわね」
彼女はアメリアに近づいて、じっと見つめる。
アメリアは内心で冷や汗をかいていた。
彼女も魔法騎士団の人間だ。
アメリアが普通の花ではないことを疑っている。
「あの馬鹿を虜にしている花だもの。普通であるはずもないか。ちょっと調べてみようかしらねぇ」
そう言って、彼女はベッドに置かれた花を手にとった。
(わあああっ……どうしましょうっ)
アメリアは彼女の手の中にあった。
カバンから取り出した小瓶に入れられ、蓋をされてしまう。
人の姿に戻らない限り、脱出は不可能だ。
「妙な魔力を感じるし、一体クラウドはどこで拾ってきたのかしら……?」
ため息とともにクラウドへの愚痴がこぼれる。
彼女からすれば、婚約者が魔力を持つ怪しい花に夢中になっているのだから、心配するのは当然だ。
しかし、実際は人間だと明かしてしまえば、クラウドの不貞が疑われてしまうかもしれない。
はっきりと好きだと言われたわけでもないから浮気にはならないだろうが、クラウドの身の潔白のためにも、アメリアはこのまま花の姿でいることを選ぶ。
そうして、小瓶に入ったまま、クラウドの家を出ることになってしまった。
「それにしても、ディーナス男爵家のアメリアはどこにいるのかしらねぇ」
騎士団の屯所へ向かいながら、彼女がぽつりと呟いた。
自分の名前が出てきて、アメリアの心臓がびくりと震える。
何故、彼女がアメリアを知っているのだろう。
それに何故、アメリアを探しているのだろう。
(もしかして……クラウド様の任務に、私も何か関係しているのでしょうか)
一体、自分は何をしでかしてしまったのだろう。
駆け落ちは貴族にとって褒められるものでもなければ、ディーナス男爵家の評判を落とすことにもつながる。
しかし、魔法騎士団に追われるようなことはしていないはずだ。
それに、探しているなら、クラウドは何故アメリアの名を聞いても何も言ってこないのだろう。
それとも、最初からアメリアの正体を知っていて、任務のために側に置いているのだろうか。
あの笑顔も、言葉も、すべてが嘘だったら――。
(いいえ、クラウド様はそんな人ではありません)
アメリアには分からない。
だからこそ、知らなければならない。
(私は、クラウド様のために何ができますか?)
クラウドがアメリアを側に置いている理由を知りたい。
守ってくれる理由が知りたい。
優しくしてくれる理由が知りたい。
その理由がどんなものでも、アメリアは受け入れる。
クラウドになら、傷つけられてもかまわない。
そして、彼のためにアメリアに何ができるのかを知りたい。
どのみち、魔法騎士団へ行こうと思っていたのだ。
クラウドとともに仕事をしている彼女の側にいれば、任務の内容を知ることもできるだろう。
(申し訳ございません、クラウド様。今日はクラウド様をお出迎えすることができないかもしれません)
少しの間だけでも、一緒に過ごせて楽しかった。幸せだった。
あの思い出だけで十分だ。これ以上を願ってはいけない。
アメリアが自分にそう言い聞かせているうちに、騎士団屯所に到着していた。
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