〈第20話〉 騎士様と婚約者(?)の喧嘩の原因になってしまいました

「さてと。どうしようかしらねぇ」


 こつん、とアメリアが入った小瓶がつつかれる。

 アメリアは内心びくびくしながらも、花の姿を保っていた。

 連れて来られたのは、薬品棚が壁一面に並ぶ部屋。

 その棚には、今のアメリアと同じように小瓶に入った薬草や透明な液体で保管されている花もある。

 魔法騎士団では薬品を研究している人間もいるらしい。

 そのことを今、思い出した。


(もしかして、私も研究材料にされてしまうのでしょうか……)


 クラウドの仕事内容を知りたいと思ったから、大人しく花の姿でついてきたのだ。

 不思議な花として研究されるとなると、話が変わってくる。

 今すぐに人の姿に戻って、事情を話した方がいいかもしれない。


「魔力のおかげか、水もないのに瑞々しく咲いてる。でも、花にこんなに魔力が宿るなんてあり得るのかしら? それこそ、アンポクスの材料にでもなりそうな……」


 彼女はハッと息をのみ、まじまじとアメリアを見つめた。

 そして、アメリアも彼女の口から出てきた単語に驚いていた。


(アンポクス……って)


 アメリアがディーナス男爵家を出ようと決意した、あの日。

 盗み聞きした、ヴィクトリアの会話を思い出す。


「なんですって……? 遺産はすべて娘に相続させる? こんな遺書は無効よ! ディーナス男爵家の遺産はすべてこのわたくしのものでしょう?」

「そうだと言いたいところですが、遺書の原本は王城に保管されていますから、無理でしょうね」

「ちっ……あの娘さえいなければ」

「それならいっそ、バレないように殺してしまえばよいのでは?」

「ふふ、そうね。そうしましょう。病気に見せかけられる毒なんてあるかしら?」

「アンポクスはいかがです?」

「アンポクス? 聞いたことがない薬ね」

「多少なりとも魔力を持つ者ならば、劇薬に等しいものですよ。それに、この薬は闇市でしか取引がないもの。精神の病に侵された上、死んだということにできるでしょう」


 自分が殺されるかもしれない薬の名前だから、記憶に残っていた。


(魔法騎士団は、アンポクスについて調べているのでしょうか?)


 それならば、アンポクスを使って殺されようとしていたアメリアは、たしかに無関係ではない。

 しかし、アメリアが殺されようとしていた事実は調べようもないはずだ。

 アメリアは生きているし、ディーナス男爵家から逃げたのだから。

 どういうことだろうと不思議に思っている間に、正体を現すタイミングを失っていた。


「ったく、アンポクスの手がかりを掴んでいながら黙っていたの? あの馬鹿」


 そう呟いて、彼女は再び小瓶をカバンに入れて、どこかへ向かった。


 ***


 小瓶の中では、意識を集中させていなければ外の様子を感じられない。

 しかし、好きな人の声だけはしっかりと耳は拾ってくれた。


「ちょっと、クラウド。昨日、あんたの家に寄って行くって言ったでしょ!? なんで先に行ったわけ!?」

「俺はお前を待つつもりはなかった」


 クラウドが淡々と答える。

 それは、普段アメリアに向けられている声音とは全く違っていた。

 カバンの中に入っているので、クラウドの表情は見えないが、笑っている様子はまったくない。

 大切な婚約者を目の前にしているはずなのに、何故こんなにも対応が冷たいのだろう。


「それは、家に見られたくないものがあるからでしょう?」


 そう言って、彼女はクラウドに小瓶に入った花を見せた。

 暗闇から突然、明るい場所に出たので、アメリアの意識はチカチカする。


「ジュリアン、お前……!」

「あんたとどれだけ一緒にいると思っているの? 何か隠し事していることくらいすぐに分かるわ。それで、この花は何?」

「今すぐ彼女を返せ」

 

 今までに聞いたことがない、ドスのきいた声だった。

 クラウドの本気の怒りを感じたのか、ジュリアンも顔色を変える。


「返せるはずねぇだろうが! お前の様子がおかしくなったのは、全部この花のせいだろ!?」


 女性ではあり得ない低い声。クラウドのものでもない。

 一瞬、誰が喋ったのかアメリアは分からずパニックになる。

 明らかにジュリアンの口から出た言葉だった。


(あれ? 女性では、なかったのでしょうか……?)


 しかし、すぐにそれどころではなくなってしまう。

 目の前で、騎士二人が取っ組み合いを始めたのだ。


「今すぐ彼女を解放しろ! 騎士たるもの、か弱い女性を閉じ込めるなど許されない行為だ」

「魔力を宿した花なんて怪しすぎるだろうが! こっちで回収させてもらう!」

「お前に彼女は渡さない! くそ、せっかく会話できるようになったのに、お前のせいでまた怯えられたらどうしてくれる!?」

「はぁっ!? 意味分かんねぇ!」

「分からなくていい! とにかく、その美しい花は俺が守る!」


 ついに、クラウドがジュリアンを床に組み敷いた。

 そして、ジュリアンから小瓶を奪い取ろうとクラウドが手を伸ばす。

 次の瞬間、バリンと小瓶が割れる音がして――。


「も、もうやめてくださいっ!!」


 クラウドの体を背後から抱きしめて、アメリアは止めに入った。

 花の姿ではなく、人の姿に戻って。


「……アメリア!?」

「え~っと、これは、どういうこと?」


 クラウドだけでなく、ジュリアンも驚愕の表情で突然現れたアメリアを見つめていた。


(思わず、飛び出してしまいました……)


 こうなったら隠し通すことはもうできない。

 彼らが探しているアメリアは自分なのだ。

 それに、役に立てるかは分からないが、アンポクスの情報も持っている。

 アメリアは二人の前に立ち、頭を下げた。


「クラウド様、すべてお話します」

「その前に、手当だ。ジュリアン、今すぐ彼女に治癒魔法を」

「わ、分かったわ」


 小瓶の中で人の姿に変わり、無理やり出たせいで、ガラス片がアメリアの皮膚にはいくつも刺さっている。

 血がにじむ白い肌は痛々しく、クラウドは眉間にしわを寄せながらアメリアが治癒を受けるのを見つめていた。

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