〈第21話〉 騎士様たちにすべてを話しました


 アメリアは居たたまれない気持ちで執務室のソファに座っていた。

 隣では、クラウドが心配そうにじっとアメリアを見つめている。

 すでに先ほどの傷はジュリアンの治癒魔法によってきれいに治っているのだが。


「本当に大丈夫か? まだ痛みが残っていたりしないか?」

「だ、大丈夫です。きれいに治していただきましたので」

「それならいいんだが。もしまた痛むようなら、すぐに言うんだぞ。アメリアの美しい肌に傷ひとつでも残ろうものなら、俺は死にたくなる」

「そ、そんな大げさです! それに、小さな擦り傷ばかりでしたから」

「本当に、君は優しいな。しかし、俺が治癒魔法を使えれば、こんな奴をアメリアに触れさせたりしないのに……」


 クラウドが険しい顔で、ぐっと拳を握った。

 本気で悔しそうである。


「……ねぇ、それいつまで続くの?」


 そして、そんな二人のやり取りを向かい側から見ていたジュリアンが口を挟む。

 完全にその目は据わっていた。


「あっ、申し訳ございません!」

「アメリアが謝る必要はない!」

「でも……」


 二人が取っ組み合いの喧嘩を始めた時は、止めたい一心だった。

 しかし、勝手に出てきて怪我をして、治療をさせてしまうなんて迷惑行為でしかなかった。

 アメリアは反省して、しゅんと肩を下ろす。


「そうよ~。アメリアちゃんは悪くないわ。悪いのは全部、この馬鹿」

「馬鹿とはなんだ。というか、馴れ馴れしく彼女の名を呼ぶな」

「はあぁぁ……もういい。馬鹿に付き合っていたら話が進まないわ」


 盛大なため息を吐いて、ジュリアンは額を抑える。


「それで、あなたがディーナス男爵家のアメリアちゃんね?」


 ジュリアンはクラウドの責めるような視線を無視して、アメリアを見つめた。


「はい。ディーナス男爵家の長女アメリアです。先ほどは大変失礼いたしました。治療も、ありがとうございます」

「あたしも、頭に血が上って恥ずかしいところ見られちゃったわ。お互い気にしないことにしましょ」


 ジュリアンはにっと笑って、ウインクする。

 やはりその顔立ちはとてもきれいで、いまだに男性だということが信じられない。

 どちらにせよ、美青年である。


「でも、アメリアちゃんが花の姿でいたことについては、気にしない訳にはいかないわ。話してくれるわね?」

「……はい」


 大きく深呼吸して、緊張して震える身体を落ち着ける。

 アメリアは社交界デビューもしていなければ、屋敷の外にもあまり出たことがなかった。

 知らない人と話すこと自体、得意ではないのだ。

 クラウドに対しては、花の姿の時にたくさん優しく話しかけられたおかげで話ができた。

 しかし、ジュリアンは違う。

 アメリアを探るような瞳、取り繕うような笑顔。

 状況からして、全面的に信用される訳がないのは分かっているが、疑われているとなると言葉選びは慎重にしなければならない。

 それがまた、アメリアの体を強張らせていた。

 なかなか口から声が出せなくて俯いてしまう。


「大丈夫だ。どんな事情があったにせよ、俺がアメリアの力になる」


 震えていたアメリアの手を、クラウドの大きな手が優しく包み込む。

 そのぬくもりに、優しい言葉に、不思議とアメリアの震えは止まった。

 クラウドならば信じられる。

 彼に背中を押されて、アメリアは口を開いた。


「……半年前、父が亡くなりました。私はただ悲しくて、毎日屋敷の雑用をすることで気を紛らわせていました。けれど、ある日、聞いてしまったのです。継母であるヴィクトリア様が、遺産を独り占めするために私を殺そうと計画していることを……」


 アメリアを殺すために使われようとしていたのがアンポクスであること。

 暗殺計画を知り、繋がりがあった商家の息子ローレンスに頼ったこと。

 アメリアを守りたいと言ってくれたローレンスの提案で駆け落ちしたこと。

 そして、コラフェル地方に差し掛かったところで何故か置いていかれてしまったこと。

 荒れた林道に一人でいるのが怖くて、母からもらったペンダントで花に姿を変えたこと。

 アメリアは当時のことを思い出して、時々涙ぐみながらも、クラウドに拾われるまでの出来事を話した。

 その間、ずっとクラウドの手はアメリアを支えるように握ってくれていた。

 ローレンスのくだりに入った時は少し力が入っていたようだが、黙ってすべてを聞いてくれた。


「あの時、魔獣に食べられそうになったところをクラウド様に助けられて、私は本当に救われました。魔獣のことだけでなく、あの場所で一人、ローレンスを待ち続けることに疲れてしまっていたので……本当に、クラウド様には感謝しております」

「アメリア……そのローレンスとかいう男、見つけ次第殺してもいいか?」

「……えっ?」


 優しいクラウドが「殺す」などという物騒な単語を口にするはずがない。

 きっと自分の聞き間違いだろう。

 アメリアはそう思い、聞き返したのだが、はぐらかされた。


「あ、いや、何でもない。こっちの話だ」

「どっちの話よ。気持ちは分かるけど、絶対そいつ何か企んでるから。下手すりゃアンポクスにも関わりあるかもしれないのよ? すぐに殺すのはやめなさい」


 ジュリアンはクラウドに釘を刺してから、アメリアに笑顔を向ける。


「話してくれてありがとう。アメリアちゃんの安全はあたしたち魔法騎士団が保証するわ。だから、今日からは街の宿屋に泊まるといいわ。この馬鹿の理性がいつまで持つか分からないしね」


 その言葉を聞いて、よかったと安堵するべきなのに、アメリアの頭は真っ白になった。

 覚悟はしていたはずなのに、いざクラウドと離れなければならないと思うと急に心細くなる。

 それに、このままでは本当にただの役立たずでお荷物ではないか。


「ジュリアン、勝手に決めるな。俺の理性は鉄壁だ」

「あんた、酔った時にベラベラと理性が崩れた話してたでしょ? こんな飢えた獣とか弱いアメリアちゃんを一緒にするなんてその方が危険だわ」


 ジュリアンとクラウドがまた言い合いを始めていたが、考え込むアメリアの耳には入っていなかった。

 そして、自分の中で出した答えを口にする。


「あのっ! アンポクスの調査、私にも手伝わせてください! 私は、変身魔法が使えます。何らかの情報を得ることができるはずです! それに、アンポクスに関しては、私は無関係ではありません。ですから、私にも……何かやらせてください! お役に立ちたいのです!」


 勢いに乗せていっきに言い切ってしまう。

 そうでなければ、小心者の小さな心臓はすくみ上ってもう二度とこんな発言はできなくなるから。

 一生分の勇気を使い果たした心地で、アメリアは息を吐く。


「アメリア。俺は、君を危険な目に遭わせたくない」


 クラウドならそう言うだろうと思っていた。

 しかし、ここで引く訳にはいかない。

 散り散りになった勇気を再びかき集めて、アメリアはクラウドにはっきりと決意を伝える。


「でも……私は、もうただ待つだけは嫌なのです。クラウド様、どうか私を置いていかないでください。一緒に、連れて行ってくださいませんか?」


 じっと、クラウドの赤い瞳を見つめる。

 どうかアメリアの決意が伝わりますように、と。


「いいんじゃない? あたしは賛成よ。だって、ようやく掴んだ手がかりじゃない」


 ジュリアンがアメリアを援護してくれる。

 それでも、クラウドは険しい顔のまま、頷かない。


「クラウド様、お願いします。私の母は、魔法騎士団に所属していました。それはつまり、この魔法は騎士団にとって使えるものということですよね?」

「……あぁ。変身魔法は、諜報活動に最適な魔法だからな」

「だったら……」

「だからこそ、やらせたくない。諜報活動なんて、敵の懐に入り込む、最も危険な役回りだからな」


 クラウドの表情や声音から、本気で心配してくれているのが分かる。

 彼に心配をかける上、もし失敗すれば余計に迷惑をかけてしまう。

 やはりアメリアが協力しない方がいいのだろうか。

 アメリアの決意が揺らぎそうになる。


「それに、ディーナス男爵の死だって、ただの事故ではないかもしれないんだ。アメリアにまで何かあれば、ディーナス男爵家はどうなる?」

「待ってください。父の死は、事故ではないのですか?」

「ほんと、馬鹿」


 ジュリアンの呟きに、クラウドの言葉が事実なのだと分かる。

 思わず口に出してしまったのだろう。

 父の死は事故だと聞かされていたのに、本当は違うかもしれない。

 それなら尚更、アメリアは自分だけ守られているのは嫌だ。


「父の死にも、アンポクスが関わっているかもしれないのですね? それなら、私は一人でも継母とローレンスのことを調べます」


 愛する父の死の真相を知りたい。

 ついさっきまで弱気だった心は、父の話を聞いて変わった。

 これはクラウドのためだけでなく、自分のためでもある。

 そして、アメリアの覚悟はようやくクラウドにも伝わった。


「……分かった。俺の目の届く範囲でなら、アメリアの協力を認める。ただし、少しでも危険があればすぐに止めるからな。それは、騎士として譲れない」


「ありがとうございます、クラウド様」


 肩の力が抜けて、アメリアは安堵の笑みを浮かべる。

 その笑顔を正面からまっすぐに受け止めてしまったクラウドは、にやける顔を両手で覆った。


「何やってんだか」


 またもや甘い雰囲気を流し始めた二人を、ジュリアンはジト目で見つめていた。


「ま。クラウドが本物の花に恋してた訳じゃないって分かったからよかったけどねぇ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る