〈第22話〉 彼女が絡むと嫉妬深くなるようだ
彼女の白い肌に赤い血が浮かぶのを見た瞬間、クラウドは今までに感じたことのないほどの焦燥を抱いた。
すぐにジュリアンが治癒魔法で傷は癒したが、安心できない。
繊細な彼女に刺さった小瓶のガラスは、中身の精度を保つために特殊な魔法がかけられており、頑丈だ。
多少の力では割ることも難しい魔法の小瓶であるが、さすがに容量以上の人間の体となれば話は別だ。
花から人間へと姿を変えたアメリアに対応できるはずもなく、小瓶は砕け、ガラス片が刺さった彼女は痛々しかった。
(俺のせいだ)
アメリアが自分以外の男の手にある。
それだけで、冷静ではいられなくなっていた。
アメリアを独り占めしたくて、誰の目にも触れさせたくなくて、本来であれば情報共有しておくべきパートナーのジュリアンにも秘密にしていた。
ジュリアンの行動は、魔法騎士として正しい。
間違っていたのは、クラウドだ。
そのせいで彼女を傷つけてしまった。
アメリアは大丈夫だ、と何度も笑顔を向けてくれたが、クラウドの胸はその度に締め付けられた。
そして、アメリアの事情も知った。
(あの女、胡散臭とは感じていたが……)
ディーナス男爵夫人――ヴィクトリアは、クラウドたちに真実など何も話していなかった。
悪女はどちらだろうか。
アメリアに酷いことをしておきながら、被害者面などいい度胸だ。
クラウドは震える彼女の手を握りながら、怒りを抑えるのに必死だった。
アメリアにアンポクスが使われたかもしれないことを考えると、今すぐにヴィクトリアを冷たい牢獄にぶち込んでやりたい。
しかし、ヴィクトリアはアンポクスにつながる人物と接触している。
逃げられる前に、その人物を捕えたい。
クラウドとジュリアンは一度、騎士としてヴィクトリアに会ってしまった。
騎士だと警戒されれば、何の情報も得られないだろう。
アメリアの話を聞きながら、クラウドはヴィクトリアから情報を聞き出すための最善策を考えていた……が。
(ローレンス? カルヴァーグ家の息子か)
カルヴァーグ家は、ディーナス男爵家と交流があった商家の一つ。
このコラフェル地方にも商会がある。
外国の品も取り扱っていて、手広く商売をしていて、かなり稼いでいると聞く。
商家なら、表ではない裏の取引ルートにも詳しいだろうと、最初に調査をしていた。
しかし、いくつか別の犯罪が明らかになっただけで、アンポクスに関しては何もでなかったのだ。
その理由がここに来て分かった。
商家や商会を調べても無駄だったのは、まだ跡継ぎになっていない息子が関係していたからなのだと。
さすがに商家の息子の周囲まで調べてはいなかった。
漏れがあったとするならば、そこだろう。
同じことを思っていたのか、ジュリアンも眉間にしわを寄せている。
しかしそれ以上にクラウドの心を乱したのは。
(駆け落ちの噂は本当だったのか!? いや、アメリアは逃げるために必死だっただけで、けっしてローレンスを好きだとかそういう訳ではない……はずだな!?)
アメリアの過去にローレンスという男の影がちらついただけで、嫉妬心に支配されてしまう。
そんな荒れ狂う心を知ってか知らずか、アメリアはそのきれいなアメジストの瞳にクラウドを映し、微笑んだ。
「……本当に、クラウド様には感謝しております」
天使のごとき可愛さに胸を撃たれながらも、クラウドの口から出たのはつい先程まで喉もとに引っかかっていた殺意だった。
「アメリア……そのローレンスとかいう男、見つけ次第殺してもいいか?」
「……えっ?」
アメリアの耳に物騒な言葉を入れてしまったことに気づき、クラウドはとっさに誤魔化した。
ジュリアンにはかなり睨まれたが、アメリアの笑みが戻ったので良しとしよう。
しかし、アメリアは調査に協力したいなどと、とんでもないことを言い出した。
一緒に止めてくれるだろうと思っていたジュリアンは彼女に味方し、クラウドも彼女の本気の覚悟を感じた。
(本当に、アメリアには敵わない……)
唯一の肉親であった父を喪い、自身も命を狙われて。置いて行かれて。
どれだけ心細かっただろう。悲しかっただろう。辛かっただろう。
それでも、アメリアはそんな素振りはまったく見せず、いつもクラウドのために部屋を掃除し、美しい花の姿で待っていてくれた。
強要する、押しつけがましい親切ではなくて。
ただクラウドの心に寄り添うような、優しさと温かさを感じた。
その姿にどれだけ心を癒されたか。
誰かの存在に安心する日が来るとは夢にも思わなかった。
王家に仕えるシャトー家を継ぐ者として、クラウドは常に正しくあらねばならないと気を張っていた。
だから、自分の感情を優先したこともない。
アメリアに一目惚れをして初めて、騎士としてだけでなく、ただのクラウドとしての人生も生きてみたいと思うようになったのだ。
大切な彼女を騎士の仕事に協力させるなんて考えられない。
そう思うのに、アメリアが初めてクラウドに意見した。頼りにしてくれている。
彼女に信用を寄せられる男になろうと決意した日を思えば、これはかなりの進歩だ。
下手な嘘を重ねずとも、アメリア・ディーナスとしての彼女とようやく向き合えるようになった。
それに、騎士としての冷静な部分が、アメリアの協力は事態の収束につながると言っている。
「……分かった。俺の目の届く範囲でなら、アメリアの協力を認める。ただし、少しでも危険があればすぐに止めるからな。それは、騎士として譲れない」
「ありがとうございます、クラウド様」
そして、クラウドは渋々ながらもアメリアの協力を認めた。
彼女の笑顔に胸をときめかせていると、ジュリアンがため息とともに話を進めていく。
「アメリアちゃんが屋敷を出て半年は過ぎているのよね?」
「はい」
「今頃、男爵夫人もヤキモキしているでしょうね」
「どうしてですか?」
「だって、男爵の相続人であるアメリアちゃんがいないのよ? 遺言状には魔法騎士団のことは書かれていたけれど、男爵夫人のことは何も書かれていなかった。つまり今、彼女は何の権限も持っていない」
そう。ディーナス男爵の遺書にヴィクトリアの名は一切なかった。
後妻としてヴィクトリアを迎えた後、ディーナス男爵であるハロウドは仕事漬けの毎日を送っていたらしい。
しかし、後妻であるヴィクトリアに残す遺産はなかった。
だからこそ、ヴィクトリアはアメリアを殺してでもその遺産を欲したのだろう。
「そうですか……父はあの方のことは何も……」
アメリアはそう呟いて、暗い表情で肩を落とした。
ヴィクトリアに冷遇されていたアメリアに、ハロウドの遺志はどう受け止められるのだろう。
そう考えた時、そもそもアメリアは遺言状を読んでいないことに思い至る。
「ディーナス男爵の遺言状を、相続人であるアメリアが読んでいないのもおかしな話だ。王城に保管されているから、この件が落ち着いたら一緒に行こう」
「良いのですか!?」
クラウドの言葉に、アメリアがハッと顔を上げる。
涙が浮かぶその瞳は、とてもきれいで、危うい。
理性の鎖をさらに頑丈に締め直さなければ、一瞬で壊れてしまいそうになるのだ。
「あぁ。だから、さっさと犯罪者を捕まえよう」
一日でも早く、アメリアと王城へ行けるように。
そうしてようやく、三人は作戦会議を始めたのだった。
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