〈エピローグ〉 花の姿でお持ち帰りされた令嬢は、騎士様の花嫁になりました


 ――愛している、アメリア。


 夢のようだった舞踏会が終わると、アメリアの毎日は目まぐるしく変化した。

 約束通り、クラウドと王城で父の遺言状を確認すると、ディーナス男爵の爵位はアメリアへと相続すると書かれていたからだ。

 領地経営など自分にできるのかと最初は不安だったが、クラウドの支えがあってなんとかやれている。

 爵位の継承と結婚式の準備で落ち着く暇もなかったが、幸せな忙しさだった。

 そして今日、ついに結婚式の日を迎える。


「アメリア様、とってもお美しいですわ!」

「えぇ、クラウド様がアメリア様に見惚れて何もできなくなりそうですわね」


 ルニとミリーが完璧に飾り立てたアメリアを見て、満足そうに頷いた。

 お世辞だと分かっていても、今日という日はそうであってほしいと願う。


(お父様、お母様。どうか、見守っていてください。私は、クラウド様と幸せになります)


 ***


 花に囲まれた、美しい白亜の教会。

 パイプオルガンの荘厳な音色が鳴り出したのと同時に両開きの扉が開かれ、花嫁が入場する。

 純白のオフショルダーラインのドレスには精緻な花の刺繍が施され、低い位置でまとめられた青紫の髪にも美しい花が咲いている。

 その手には赤と青紫のアネモネのブーケ。

 花に囲まれ、花に包まれ、花の女神のような花嫁に、颯爽と歩み寄ったのは花婿となる男。

 花嫁のドレスと揃いの白のタキシードの胸元には青紫のアネモネが咲いている。

 そして、普段は強面で恐れられる男も、この時ばかりは頬が緩みきっていた。


「アメリア、本当に美しい。君はやはり花の女神だったのだな」

「クラウド様、それは言い過ぎです」

「では、天使だろうか」

「……か、からかうのはおやめください」

「からかってなどいない。俺は冗談が苦手なんだ。すべて本心だ」


 花婿のまっすぐな言葉に、ベール越しに見える花嫁の顔は真っ赤になっていた。


「でも、そうだな。今日のアメリアは花の女神でも、天使でもなく、俺の愛しい花嫁だ」


 そう言って、花婿は花嫁に腕を差し出す。


「では、行こうか」


 花婿が花嫁をエスコートして、祭壇の前まで歩く。

 二人を見守る参列者は、シャトー伯爵家の親族と魔法騎士団のメンバー。

 騎士団員の中には、いまだに鉄仮面の副団長が花嫁に賛辞を述べ、微笑んでいることに驚愕している者もいる。

 しかし、表情筋が鉄ではなかったと分かったところで、副団長の笑顔が自分たちに向けられることはないのだろう。

 シャトー伯爵家の面々も、信じられないものを見る目でクラウドを見つめていた。

 あの剣術にしか興味がないような武骨な男が、どんな女性にもまったく興味を抱かなかった男が、花嫁にべた惚れだなんて。

 一足先にその事実を知っていたグロリア以外は、ぽかんと口を開けていた。

 そんな衝撃を皆に与えながら祭壇までたどり着いた二人に、司祭はにこやかに言葉をかける。


「クラウド・シャトー、あなたはここにいるアメリアと、平坦な道も、幸福な道も、困難な道も、これからの人生という道を夫婦として共に歩み、支え合い、愛することを誓いますか?」

「はい、誓います」

「アメリア・ディーナス、あなたはここにいるクラウドと、平坦な道も、幸福な道も、困難な道も、これからの人生という道を夫婦として共に歩み、支え合い、愛することを誓いますか?」

「はい、誓います」


 二人は見つめ合い、誓いの言葉を口にする。


「それでは、指輪の交換を」


 司祭が結婚指輪に祈りを捧げ、二人の前に差し出す。

 銀色の指輪には、互いの瞳の色の宝石が埋め込まれている。

 アメジストが輝く指輪をクラウドが、赤いサファイアが輝く指輪をアメリアが、互いの左手薬指にはめていく。

 結婚指輪の宝石には守護の魔法式が埋め込まれており、その発動条件は――。


「二人の愛が永遠でありますように、誓いのキスで示してください」


 司祭の祝福を受け、クラウドとアメリアは向き合う。

 アメリアの顔を覆っていたベールをクラウドがそっと持ち上げ、美しい花嫁に再び見惚れる。


「アメリア、愛している。俺だけの美しい花」


 アメリア以外は二度と目にすることはない最上の笑みを浮かべて、クラウドはその頬に手を添えた。


「クラウド様、愛しています。私だけの素敵な騎士様」


 アメジストの瞳に涙を浮かべて、アメリアは微笑む。

 そっと目を閉じて互いに唇を重ねれば、二人の指輪が輝きを放つ。

 誓いのキスにより、指輪の守護魔法が発動したのだ。

 愛という相手を思う感情が、互いを守る魔法となる。


「愛し合う二人を神の導きと祝福により夫婦と認めます」


 直後、式場内にはきらきらと輝く花弁が舞い、参列者の祝福の声が響いた。


 ***


 道端に寂しく咲いていた一凛の花は、優しい騎士様に愛されて幸せになりました――そんな夢のような物語がリナレス王国では語り継がれている。

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