番外編
〈後日談〉 旦那様の秘密(?)を知ってしまいました
「アメリアちゃん、結婚おめでとう!」
挙式が終わり、祝福ムードに包まれたまま披露宴を終えようとしていた時、ジュリアンがアメリアに声をかけてきた。
クラウドは騎士団の面々に囲まれている。
こんなに他人から祝福の言葉をもらえる日は、きっとないだろう。
知らない人たちばかりで緊張していたが、クラウドの周りにいる人たちはみんな優しくて、アメリアに笑顔を向けてくれる。
「おめでとう」と言われる度に、嬉しくて、幸せな気持ちが胸に広がった。
これから、アメリアもクラウドの妻として、彼が大切にするものを守っていきたい。
クラウドが、アメリアをディーナス男爵家ごと守ってくれているように。
「ジュリアン様、ありがとうございます」
「クラウドをよろしくね、アメリアちゃん」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、ジュリアンは何かを企むような笑みを浮かべた。
「あたしからアメリアちゃんにひとつ、結婚祝いとしてクラウドの秘密を教えてあげるわ」
「えっ、そんな……クラウド様のいないところで秘密を聞く訳にはいきません」
「大丈夫よ~。妻となるアメリアちゃんだから、聞いておいてほしいのよ」
もしかしたら、妻としてクラウドを支えるために必要な情報なのかもしれない。
真剣に考えこみ、アメリアは覚悟を決めて頷いた。
「教えてください!」
少しだけクラウドに対する罪悪感を覚えながらも、アメリアはジュリアンの言葉に耳を傾ける。
「クラウドが今まで剣術以外には興味がない堅物の鉄仮面だったってことはアメリアちゃんも知っているわよね? だけど、昔一度だけクラウドと恋愛の話をしたことがあったのよ」
クラウドのことは、誰もが口をそろえて恋愛沙汰には興味がない男だと言う。
しかし、やはりクラウドほど素敵な男性ならば、過去に恋愛をしていないという方がおかしい。
過去の恋愛についてとやかく言う権利などないが、クラウドが好きになった女性は一体どんな女性だったのかと想像するだけで胸がズキンと痛む。
「アメリアちゃん? どうしてそんな思いつめたような顔をしてるの? そういう話じゃないわよ……ってて」
「ジュリアン、アメリアに一体何を話していた? アメリアを傷つけてみろ、お前でも許さんぞ」
アメリアの顔から笑みが消えたことにいち早く気づき、クラウドがすぐに駆け付けてくれたようだ。
ジュリアンは後ろから羽交い絞めにされている。
アメリアが止めに入ろうとしたところで、ジュリアンが降参というように両手を上げた。
「あ~もう、だったら自分で話しなさいよ!」
そう言って、こっそりとクラウドに耳打ちをして、ジュリアンは去っていく。
「お幸せにね」と笑顔で。
「アメリア、披露宴が終わったら話したいことがある」
その後は、クラウドの秘密について考えているうちに披露宴は終わってしまった。
結婚初日にまさか夫の女性問題について悩むことになろうとは。
クラウドからの愛を疑う気持ちはまったくないが、やはり過去のこととはいえ嫉妬心が顔を出してしまう。
(こんなことを考えていると知られたら、クラウド様に嫌われてしまうかもしれません……)
何も気にしていない顔を作らなければ、と気合を入れて頬を叩いたところで、夫婦の寝室にクラウドが入ってきた。
少し胸元がはだけたラフなシャツとゆったりしたズボン姿だ。
寝室なのだから、当然寝間着である。
アメリアだって、結婚初夜ということでミリーとルニがフリルのついた可愛い寝間着を用意してくれた。
いつもより砕けた雰囲気のクラウドを目の前にして、結婚初夜である事実に今度はドキドキしてしまう。
「あぁ、ようやくアメリアと二人きりだ」
ふにゃりと緩んだ頬は少し赤らんでいる。
披露宴の時にワインを飲んでいたから、少し酔っているのかもしれない。
水を飲んでもらった方がいいだろうか。
酔ったクラウドを初めて介抱した時のことを思い出しながら、アメリアは視界に水差しを捉える。
しかし、次の瞬間、あたたかい温もりに包まれていた。
ふわりとベッドに押し倒され、視界がクラウドでいっぱいになる。
「クラウド様? 酔っていますか?」
「本当にかわいい声だな。好きだ」
いつもより色気を増した甘い声で囁かれると、反論もできないほどに照れてしまう。
心臓は飛び出しそうにバクバクと鳴っていて、もう水を飲ませるどころではない。
「アメリア、こっちを向いてくれ」
恥ずかしくて顔を覆っていると、クラウドが切なそうに懇願する。
まだ照れ臭かったが、クラウドを拒否したい訳ではない。
アメリアは顔を隠していた手を外し、クラウドとまっすぐ視線を交わす。
「今日は潰れるほど飲んでいないから心配はいらない。ただ、アメリアと二人になれる時間がなかったせいで、アメリアが足りていなかったんだ」
そう言って、クラウドはアメリアごと身体を起こし、ベッドサイドに腰かけた。
話をする体勢に入ったようだ。
たしかに、結婚式は参列者の方たちに自分たちが夫婦になるのだということをお披露目するためのものであるから、二人きりの時間はとれなかった。
だからこそ、結婚初夜という重要な場面でようやく二人きりという、緊張が増すようなシチュエーションになっている。
その上、ジュリアンから聞いた、意味深なクラウドの秘密。
「元気がないように見えるのは、ジュリアンが余計なことを言ったせいか?」
「よ、余計なことではありません。私はクラウド様の妻になるのですから、過去の恋愛のことも、きっと、知っておくべきだと……」
自分で言いながら、嫉妬心に邪魔されて涙が出てきた。
そんなアメリアの涙を優しく拭って、クラウドは微笑む。
「なぁ、アメリア。俺はアメリアが初恋だ。だから、大人げもなく嫉妬するし、君に毎日恋している。今だって、アメリアに見惚れていた部下たちの記憶を消してやりたいし、君を悩ませる偏った情報を吹き込んだジュリアンに怒りを覚えている」
「えっ? 初恋、なのですか?」
「あぁ。アメリアと出会うまで、俺は自分が誰かと恋愛して結婚するなんて想像もしていなかったからな。まぁ、家督の問題もあるから、いつかはシャトー伯爵家のために結婚したのかもしれないが……」
まさか、クラウドもアメリアが初恋だったのか。
そのことに、アメリアはひとまず安堵する。
しかし、それならジュリアンが言っていた恋愛話とは一体どういうことなのだろう。
「でも、ジュリアン様は、クラウド様と過去に恋愛話をしたことがあると言っていました」
「それは、恋愛に悩んでいたあいつが、話の流れで俺の好きな女性のタイプを聞いてきたんだ。かなりしつこく聞かれたから、もし好きになるなら、ということを話しただけだ」
クラウドの好きな女性のタイプ。
それはかなり気になる話だ。
「その、クラウド様はその時なんと答えたのですか?」
アメリアが問うと、クラウドは片手で顔を覆ってしまった。
やはり恥ずかしい話題ではあるのだろう。
しかし、ここは妻として聞いておきたいところだ。
「クラウド様、教えてください。私、もっとクラウド様に好きになっていただきたいのです」
「……アメリアが可愛すぎる」
ぼそりと呟いた後、クラウドは覚悟を決めて顔を上げた。
「ジュリアンと話していた時、ちょうど近くにきれいな青紫の花が咲いていたんだ。あんまりにもジュリアンがしつこいから、俺はあの花のように可憐で、美しく、優しく寄り添ってくれる女性がいいと答えたんだ。魔力を持っていれば文句はない、と。そんな女性いるはずもないと思いながらな」
少し照れ臭そうに、それでも愛おしさを込めて、クラウドがアメリアを見つめる。
「今思い返してみれば、あれはアネモネの花だった。俺の好きな女性のタイプは、あの時からアメリアだったんだ」
クラウドの言葉に嬉しさがこみあげてくるが、彼の言うすべての条件を自分は満たしている訳ではない。
「でも、私には魔力がありません」
「そのことだが、アメリアには魔力がある。それも、魔力量は俺と同じくらいだと思う」
「えっ? でも、私はお母様のペンダントがないと……」
「アメリアのペンダントについて、一度この魔眼で確認したが、あれには魔法式が刻まれているだけで、魔力は含まれていなかった。きっと、アメリアの母上は、君が魔法の制御をできるよう、あのペンダントを使うように言ったのだろう」
「本当に、私に魔力があるのですか?」
「あぁ。そうでなければ、何度も変身魔法を使うことはできなかったと思うぞ。あのペンダントに込められていた魔法式はとても美しい。アメリアへの愛情が伝わってくるものだ」
「そう、だったのですね……」
あのペンダントで魔法を使えば、母の魔力が失われていくのだと思っていた。
しかし、元々魔力なんて込められていなかったのだ。
アメリアが魔力を制御して魔法を使えるように、母はアメリアを導いてくれていたのだ。
それこそが、母が遺した魔法。
嬉しくて、それでも少し胸が締め付けられて、アメリアは自分からクラウドに抱き着いた。
愛情を言葉ではなく、態度で示したくなったのだ。
「これからは俺がディーナス男爵夫妻の分も、アメリアを愛し、守る」
優しく抱きしめられて、クラウドの存在にアメリアは安堵する。
「そのためにも、教えてほしいことがある」
「何でしょうか?」
「アメリアの好きな男性のタイプも教えてくれるか?」
まさかこの質問が自分にも返ってくるとは思っていなかった。
しかし、クラウドに教えろと言っておきながら、自分は言えないなんてことは許されないだろう。
「私は、絵本に出てくるお姫様を助ける騎士様が大好きでした。だから、クラウド様が助けてくれたあの時から、本当はずっと恋をしていたのだと思います」
憧れが初恋になり、愛に変わった。
こんな幸せな結末が自分に訪れるなんて、以前のアメリアでは想像すらしなかっただろう。
「俺たちはきっと、恋をするために出会ったんだな」
「私も、そう思います」
愛を伝えるために触れた唇。
軽く触れあうだけのキスが、次第に深く、激しくなり。
結婚初夜を迎える二人は、砂糖が溶け合うように甘い時間を過ごした。
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