妻が可愛すぎて困っている


 新婚であるクラウドの悩みは、妻が可愛すぎることだ。

 少し前の自分が聞いたら、無表情で理解できないと一蹴したであろう悩み。

 しかし、本気で毎日「アメリア愛している!」と衝動的に叫び出しそうになるのを必死で我慢している。

 そんなところ、屋敷の使用人にも、騎士団の団員にも見られたくはない。

 理性が生きているうちはまだいいのだが、寝起きともなるとかなり危うい。


 今、目の前にはアメリアの無防備な寝顔がある。

 自分たちは晴れて夫婦となった。

 当然、同じベッドで寝ている。

 ふわりと鼻をかすめる甘い香りと、触れるぬくもり。

 この時点で理性は虫の息だ。


(はあぁぁ……可愛すぎないか!?)


 ずっとこの可愛い天使を見つめていたい。

 柔らかな髪を手ですいて、頭を撫で、額にキスを落とし、アメジストの瞳が自分を捉えるまで、ずっと……。

 しかし、クラウドは出仕の準備をしなければならない。

 毎朝、試されているような気がする。

 起きなければならないが、アメリアを愛でていたい。


「……んん、クラウドさま?」


 クラウドが葛藤しているうちに、アメリアが寝ぼけまなこに目を開けた。

 何よりも美しいアメジストの宝石が自分を見つめている。


「……か、かわ」


 叫び出しそうになった口を慌てて抑え、クラウドは深く息を吐く。

 緩み切った顔も戻し、ほどよく笑みを浮かべて、クラウドはアメリアの頭を撫でる。


「おはよう、アメリア」


「おはようございます。クラウド様」


 ふわりと花がほころぶように微笑んだアメリアを見て、思わず抱きしめてしまった。

 小柄なアメリアは、クラウドの腕の中にすっぽりと収まってしまう。

 可愛いつむじにチュッと口づけを落とすと、アメリアが声を上げた。

 

「クラウド様……っ!?」


「すまない。アメリアが可愛すぎて、つい」


 口では謝罪しながらも、アメリアの耳や額、まぶたにキスを落としていく。


「アメリアは砂糖菓子のように甘いな。俺は甘い物は得意ではないと思っていたのに、やはりアメリアのこととなると違うらしい」


 理性の鎧をつけていない朝は心の声が出やすく、自制がきかないようだ。

 しかし寝起きで天使を見れば、誰でも本音が漏れてしまうだろう。

 クラウドの言葉に照れているのか、アメリアの白い肌が赤く染まっている。


「だ、駄目ですよ? そろそろお仕事の準備をしましょう?」


 顔を真っ赤にしながらも、クラウドの妻として諫めようとするアメリアがまた愛おしい。

 負の連鎖ならぬ愛しさの連鎖が続く。


「そうだな。働かない夫だと、アメリアに嫌われたくはないからな」


 ふっと笑みを浮かべ、クラウドは今度こそ起き上がった。

 騎士として、夫として、だらしないところは見せられない。

 もう遅いかもしれないが、クラウドはアメリアの前ではかっこつけていたい。


「クラウド様を嫌いになることなんてありません。どうか無理はしないでくださいね」


 それでもこうして、妻が可愛いことを言うものだから、クラウドは理性を引っ張りだすのに苦労するのだ。


(あぁ、本当にアメリアが可愛すぎて困る)


 なんて幸せな悩みなのだろう。

 誰にも相談できない、きっといつまでも消えることのない幸せすぎる悩みを抱えて、クラウドは今日も騎士団へと出勤していった。

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