新婚夫婦の休日は甘くなるものだ


 クラウドと結婚して、アメリアはシャトー伯爵夫人となった。

 王国を魔の脅威から守っている旦那様は、相変わらず忙しい日々を送っている。

 長期で屋敷を空けることもあるが、クラウドは必ず魔道具を使って連絡をくれるし、いつもアメリアを気遣ってくれる。

 結婚前から変わらない、いや、それ以上に甘く優しいクラウドに、アメリアも日々愛おしさを募らせていた。

 そして明日は、多忙なクラウドにとって数週間ぶりの休日だ。

 せっかくの休みなのだ、心休まる一日にしたい。

 そのために、アメリアはとある計画を立てていた。


「クラウド様、喜んでくれるかしら」


 クラウドの帰りを待ちながら、アメリアは笑みを浮かべた。

 きっと、喜んでくれる。

 そんな確信と期待を胸に抱いて。


 * * *


 クラウドはイラついていた。

 明日はようやくもぎ取った休日だというのに、今日の仕事がなかなか終わらないのだ。

 現場に出ていたせいで、騎士団で処理すべき書類が溜まっている。

 騎士団長の決済を待つものもあるが、団長代理としてそのほとんどをクラウドが処理している。

 騎士団長が仕事をさぼっているというよりも、団長が出向き、他に采配すべきものが多くあるからだ。

 とはいえ、それを言い訳に団長が逃げているという一面があることも知っている。

 普段は仕方がないと受け入れているものの、今日に限っては例外だ。

 せっかく愛しい妻とゆっくり過ごせる休日を明日に控えているのに、まだ屋敷に帰れないとは。

 怒りをぶつけたくもなる。


「だからって、あたしにぶつけないでくれる⁉」


 そう喚くのは、クラウドが半ば無理やり仕事につき合わせているジュリアンだ。


「仕方ないだろう。俺一人では、今日中に終わらない」

「仕事のことは別にいいのよ。いや、良くないけど……あのね、アメリアちゃんに会えないことへの鬱憤をあたしにぶつけるのはやめろって言ってんの!」

「じゃあ、今すぐ帰っていいか?」

「それだけは許さねぇぞ」


 執務机に積まれた書類の山を見て、ジュリアンが男の部分を出してきた。

 今すぐ帰りたいのは本心だが、仕事を投げ出して帰ることはしない。

 そんな中途半端な男では、アメリアに嫌われてしまうかもしれないから。


「だったら、少しくらい愚痴を聞いてくれ」

「少しじゃないから言ってんの!」

「アメリアは今も俺を待っていてくれているはずだ。早く終わらせよう」


 ため息をつきながらも、ジュリアンは手を動かす。

 早く帰りたいのはジュリアンも同じなのだ。


「はいはい。あたしも、可愛いお嫁さんが欲しいわ~」

「アメリアは俺の妻だぞ」

「知ってるわ! ってか、クラウドが溺愛しているアメリアちゃんに近づこうとする勇者なんていないでしょ」

「それならいいが」


 アメリアは可愛すぎるから、心配が尽きることはない。

 そうしてジュリアンと口以上に手と頭を動かして、すべての仕事を終えたのは結局、日付を超えてからだった。


 * * *


 夜中に仕事を終えて帰る日は、クラウドは夫婦の寝室では眠らない。

 先に寝ているアメリアを起こさないためだ。

 だから、休日の朝、目が覚めた時にアメリアの笑顔があったことに、クラウドは驚きすぎてもう一度目を閉じてしまった。


「そうですよね……昨夜も遅くまでお仕事でしたし、まだお疲れですよね」


 しかし、耳に入ってくる声は可愛い妻のもの。

 その気配が遠のきそうなのを感じて、クラウドはがばっと体を起こした。


「おはよう、アメリア!」

「お、おはようございます、クラウド様。あの、今日はお休みですし、まだ眠っていても」

「いや、いいんだ。少しでもアメリアと一緒に過ごしていたいから」


 せっかくの休日を寝て過ごすなんてもったいないことはできない。

 何のために休みをとったと思っているのだ。

 クラウドは速攻でベッドから出て、アメリアを優しく抱きしめた。


「あぁ、夢じゃないんだな」


 愛しいぬくもりを腕に抱いて、だんだんと意識が覚醒してきた。


「なんだか、いい匂いがするな」

「え?」

「あ、いや、いつもアメリアはいい香りがするが、今日はまた違った……って、これでは俺が変態のようだな。忘れてくれ」


 アメリアに関することでいえば、度を越してしまう面がある。

 夫が変態だと気味悪がられないだろうか。

 本気で心配していたが、アメリアは楽しそうに笑ってくれた。


「ふふっ……つい先程まで食堂にいたので、そのせいかもしれません」

「食堂に?」

「はい。クラウド様、朝食は食べられそうですか?」

「あぁ、もちろん」


 そして、二人で仲良く手を繋いで食堂へ向かった。


 今日の朝食は、焼き立てのパンと野菜のスープ。そして、オムレツだった。

 シャトー伯爵家の朝食としては初めてのメニューだが、スープを一口飲んでクラウドは気づく。


「もしかして、アメリアが食堂にいたのは……」

「はい。今日の朝食は私が作りました。お口に合いますか?」

「あぁ、世界一美味しい。それに、アメリアが作ったもので、口に合わないものなんてない」

「それはよかったです。結婚してから、クラウド様に手料理を振舞う機会があまりなかったので、今日は少し我儘を言って厨房をお借りしたのです」


 にっこりと笑みを浮かべる天使を目の前に、クラウドは幸せすぎて溶けてしまいそうだった。

 クラウドが以前、恩返しをしたいという彼女に、手料理を食べたいと言ったことを覚えてくれていたのだろう。

 世界で一番幸せな朝食をとったおかげで、最高の休日になりそうだ。


「アメリア、ありがとう。俺は本当に幸せ者だ」

「それは私の台詞です。クラウド様のおかげで、毎日が幸せです」


 朝食を終えて、ゆっくりと二人で食後のティータイムを楽しむ。

 砂糖なんていらないほどに甘い空気が漂っていた。


(そういえば、アメリアは結婚してから何も不満を口にしないが、辛いことや我慢していることはないだろうか)


 クラウドが忙しいせいで、なかなかゆっくり話をする時間がとれていなかった。

 アメリアは優しいから、気を遣いすぎるところがある。

 女心が分からないと自覚しているクラウドは、率直に聞いてみることにした。


「アメリア。何か俺に不満に思っていることはないか?」

「そんな、クラウド様に不満だなんて、あるはずありません」

「本当に? 俺は仕事ばかりで、あまり一緒にいることができていないことが不満だ。いつもすまない。つい昨日も、ジュリアンに愚痴をこぼしてしまった」


 クラウドが不満に思っていることを言えば、アメリアも何かを思いついたように顔を上げた。


「あ、それなら……」

「教えてくれ」

「クラウド様があまりに忙しすぎると、とても心配になるので、できればもう少しお休みしてほしいです。私も、会えないのは寂しいですから」


 なんて可愛いことを言うのだろう。

 クラウドは思わず抱きしめていた。


「今の仕事がひと段落したら、もう少し休みがとりやすくなるはずだ。何が何でも

さっさと終わらせる」

「でもあの、絶対に無理はしないでくださいよ?」

「あぁ。心配されるのも悪くないが、俺が見たいのはアメリアの笑顔だからな」

「私も、クラウド様の笑顔が見たいです」

「アメリアと一緒なら、ずっと笑っていられる」

「ふふ、私もです」


 美しいアメジストの瞳が、微笑むクラウドを映している。

 鉄仮面だと言われていた自分が、こんなにも自然に笑顔を浮かべることができるとは。

 騎士団の部下たちにはいまだに驚かれてしまうほどだ。


「せっかくの休日だ。どこかに出かけるか?」

「いえ、二人でゆっくり過ごしたいです」

「俺もそれがいい」

「そういえば、屋敷のお庭にきれいな花が咲いたのです」

「それなら、一緒に庭園を散歩しようか」

「はい!」


 庭園に咲くどんな花よりも、アメリアの方が可憐で美しい。

 そんな本心を伝えれば、アメリアは頬をピンク色に染めていた。

 世界で最も美しい一凛の花が、隣で咲いている。


「愛している、アメリア」

「私も、愛しています」


 アメリアの頬に手を添えて、クラウドはついばむようなキスを落とす。

 その柔らかな唇は、花の蜜のように甘かった。



 そうして、久しぶりに夫婦の時間をゆっくりと堪能したクラウドは、翌日からいつも以上に仕事に励み、長期間の休みをもぎ取ったのだった。

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花の姿でお持ち帰りされた令嬢は、騎士様に恩返ししたい! ~何故か、花なのに溺愛されています~ 奏 舞音 @kanade_maine

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