〈第44話〉 初めての舞踏会はドキドキでした

 王広間には、幻想的で美しい世界が広がっていた。

 魔法で浮かぶ金のシャンデリア。

 夜空を模した天井からは、流れ星に見立てた光が降り注ぐ。

 魔法による演出だけでなく、柱の彫刻や大理石の床の模様も目を楽しませる。

 会場でふるまわれる料理も、宮廷料理人が腕によりをかけた逸品ばかりだ。

 しかし、社交界に慣れている者にとってはこれらの演出や美しさは見慣れたもの。

 人々の関心は別の所に向いていた。


 ――あの魔法騎士団副団長が女性をエスコートしているわ!

 ――見たことない顔ね。どこの令嬢かしら?

 ――でも、あの鉄壁ガードのクラウド様をどうやって……誰にもなびくことはなかったのに……!


 ひそかにクラウドに憧れていた令嬢たちは悔しがり。


 ――あんなに女性に興味がないと言っていた副団長が、まさかあんな可愛いご令嬢を連れてくるなんてな……。

 ――もしかして、最近の花に向かってしゃべっていたのは、あのご令嬢と話す練習だったのか?

 ――馬鹿! シャトー副団長がそんな真似するはずないだろ。

 ――そ、そうだよな。

 ――それにしても、あんなきれいなご令嬢とどうやって知り合ったんだ?


 夜会に参加する騎士たちは、クラウドが女性をエスコートする姿を信じられない気持ちで見つめていた。


 多くの人々の視線を集めながらも、アメリアは隣を歩くクラウドにドキドキしてそれどころではなかった。

 誰かにエスコートされるということも初めてなのに、それが好きな人で、きらびやかな世界にも馴染んでしまうかっこよさで、時折アメリアを気遣うように笑みを向けてくれるのだから。


(エスコートだけでこんなにドキドキしていたら、ダンスまで心臓が持ちそうにありません……っ!)


 それに、この舞踏会で求婚すると言われているのだ。

 意識せずにはいられない。

 会場に流れるゆったりとした音楽も、アメリアの心臓を落ち着けてはくれなかった。


「アメリア」

「は、はいっ!」


 ふいにクラウドに名を呼ばれ、アメリアの心臓が跳ねた。


「暗がりで見ても美しかったが、やはり明るい場所で見ると美しさが際立つな」


 赤い双眸に見つめられ、頬に熱が集まる。

 気恥ずかしくて視線をそらすと、ある物が目についた。

 クラウドの袖元に輝く、アメジストのカフスボタン。

 それはアメリアの瞳の色で、気付いた瞬間、思わずぎゅっとクラウドの手を握っていた。


「クラウド様も、とても素敵です」


 互いの瞳の色を身に着けて、頬を染めて歩く二人に近づこうとする勇者は会場内にはいなかった。

 そして、国王陛下の入場が告げられる。


「陛下は、昼間の式典と祝賀会だけしか出席しないと言っていたはずだが」

「そうなのですか?」

「あぁ」


 クラウドが不思議そうにしていると、近衛騎士とともに金髪碧眼の容姿を持つ国王レオナルドが現れた。

 一生縁がないと思っていた国王陛下の登場に、アメリアは慌てて頭を下げる。


「魔法騎士団の皆、ご苦労であったな。今夜は楽しく過ごしてくれ」


 国王陛下の一言で、舞踏会が本格的に始まった。

 

「アメリア。陛下に挨拶に行こうと思うが、一緒に来てくれるか?」

「私なんかがご挨拶に伺っても失礼にならないでしょうか」

「失礼な訳ないだろう。アメリアはディーナス男爵家の令嬢で、俺の大切な人なんだから」

「クラウド様……ありがとうございます」


 クラウドに勇気をもらって、アメリアは彼とともに国王陛下の御前へ向かう。

 レオナルドは、クラウドに気づくと、笑顔で手を振った。


「国王陛下にご挨拶申し上げます」

「クラウド、堅苦しいのはなしだ」

「夜会にはいらっしゃらないと思っておりました」

「あの鉄壁のクラウドを射止めたディーナス男爵家の令嬢のことが気になってな」


 レオナルドは、クラウドに対して気さくに話しかける。

 クラウドは国王の信頼厚いシャトー伯爵家の嫡男で、魔法騎士団副団長という立場にあるのだということを改めて実感した。

 きっと以前のアメリアなら、自分はクラウドの隣に相応しくないと身を引いていただろう。

 しかし、今はクラウドの隣に立ちたいと思っている。

 

「国王陛下、お初にお目にかかります。ディーナス男爵家の長女アメリアでございます」


 グロリアの指導のもと身に着けた、完璧な礼で挨拶する。


「君がディーナス男爵の一人娘か。クラウドが夢中になるのも分かるな」


 レオナルドが口の端を持ち上げて、にやりと笑った。

 アメリアが戸惑っていると、クラウドが口を挟んだ。


「陛下、からかうのはおやめください」

「心が狭いぞ。お前の頼みを聞いて“例のもの”を用意してやったのに」

「ちょっと、陛下」

「堅物のお前をからかうのは本当に面白いな。まぁ、これでシャトー伯爵家も安泰だな」


 飛び交う会話についていけず、アメリアはただ顔に笑みを張り付けていた。

 グロリアから、社交場では感情をそのまま表に出してはいけないと教えられた。

 それに、今はこの国の頂点である国王が目の前にいる。

 アメリアが失態を犯してはクラウドにも迷惑がかかってしまう。


(それにしても、“例のもの”とは何でしょう……?)


 内心で疑問に思っていると、真剣な表情でレオナルドがアメリアに向き直る。


「ディーナス男爵のことは本当に残念だった。それなのに、今回の事件解決には、君も貢献してくれたと聞いている。感謝する」

「いえ、そんな……私が頑張れたのは、クラウド様がいてくださったからです」

「そうか。クラウドの件でも、私は君に感謝している。王家を守る騎士の家系でありながら、結婚する気配がまったくなかったから私も心配していたんだ。君が、この堅物騎士の心を変えたんだ。これからも、クラウドのことをよろしく頼むよ」


 まさか国王陛下から感謝されるとは思わず、アメリアはただただ恐縮してしまう。

 それでも、アメリアがクラウドと一緒にいることを国王陛下が認めてくれた。

 その事実が嬉しくて、アメリアは涙をこらえながら頷いた。


「はい。ありがとうございます、国王陛下」


 そうして、アメリアは無事に国王陛下への挨拶を終えた。

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